75.秋の風
四風会議当日。
会場は街で一番大きなレストランを貸し切って。
エアル君曰く、基本全員が参加する権利はあるけど、全員が揃うことはほぼないらしい。
規模が大きくなり人数が増えたこともあって、全員が集まれる会場が少ないこと。
夏風は船を主に移動しているから、海に近い街でない場合、船を停めた状態で何日も放置することになる。
だから参加しに来たのは団長のリエータさんと、大団長のファスルさんだけだ。
冬風の皆さんも、今は忙しい時期で手が放せないらしい。
だから今回集まったのは、各旅団長と春風、秋風の団員たちだけ。
それでも十分な人数が集まっていて、会場は満席に近い。
そんな中――
「えぇ~ それじゃさっそく始めようか?」
大団長のファスルさんが声を挙げる。
彼が座っているのは会場の中央で、もっとも大きな席。
そこには各団長と、その補佐をしている人たちが席についている。
所謂旅団の幹部たちが集まる席に、私も混ぜられていて。
き、緊張する……
こんな目立つ席なんて聞いてないよ。
「緊張してるか?」
「あ、当たり前だよ」
チラッと背の方に視線を向けると、春風のみんなの姿が見える。
レンテちゃんもそっちの席だ。
出来れば私もレンテちゃんの隣とかが良かったよ。
「緊張してる所悪いけど、出番はすぐ来るよ」
「わ、わかってる」
事前に話は聞いてある。
私の挨拶は最初だ。
ファスルさんが会議を進行する。
「これより四風会議を始める。みんなよく集まってくれた! 変わらない顔ぶれが見られてオレも嬉しいぜ! そんじゃさっそく各団の近況報告って普段なら行くところだが、その前に新しい仲間を紹介しよう」
ファスルさんが視線を向ける。
目が合った所で、私は慌てながらもピシッと立ち上がる。
「もう知ってる奴もいると思うが、春風に入った新しい団員! 錬金術師のユリアちゃんだ!」
「はい!」
ここからは自己紹介。
事前に考えた短い文を読み上げるだけ。
それでも緊張して、声が出なくなる。
こんなにも大勢の前で話すなんて、やっぱり私には……
「頑張れ」
弱気なことを考えていた私の背中を、エアル君の一言が推す。
たった一言、それだけで勇気を貰える。
私は大きく深呼吸をして、口を開く。
「ご紹介にあずかりました。錬金術師のユリアです。こうして皆さんとお会い出来る日を楽しみにしていました! これからよろしくお願いします!」
パチパチパチ――
会場から拍手が聞こえてくる。
最初に誰が拍手をしてくれたのかは、見なくてもわかった。
音は伝播して、次々に大きくなる。
ほんの数秒の挨拶だったけど、ちゃんと伝えられた喜びで胸が高鳴る。
私が満足していると、拍手しながらファスルさんが話を進める。
「ありがとな。ちなみに質問とかある奴いるか?」
え、質問?
そんなの聞くんだ。
でもほとんど知ってる人だし、私に質問なんてないよね。
「じゃあ一つ良いかな?」
とか思っていたら、意外な人物が手を挙げた。
銀色の髪に青く冷たい瞳がメガネのレンズ越しに覗く。
冬風の旅団長イヴェールさんだ。
彼のことはよく知らない。
エアル君からも聞くタイミングがなくて、どんな人なのか聞けていなかった。
今が初対面で、初めて目を合わせる。
氷のように冷たい視線に、少しだけ怖さを感じた。
「ユリアさん、私も錬金術が使えるんだ。噂に聞く君ほどじゃないけどね」
と、前置きを口にする。
エアル君が言っていた旅団の錬金術師って、冬風の団長さんだったの?
「だからおそらく、この場にいる誰よりも君の力の異常さは理解している。錬金術はとても難しい。だが極めれば何でも作れてしまう。君ほどの錬金術師なら尚更だ」
褒められている……という感じではなかった。
どちらかというと、問われているような。
「君はその力で、一体何をしたいと思う?」
「私がしたいこと、ですか?」
「そうだ。私はそれが知りたい」
ちょっと身構えてしまったけど、そういう質問か。
なら答えは決まっている。
私は堂々と、ハッキリと答えよう。
「春風のみんなの役に立ちたい。私のことを助けてくれたみんなに、恩返しがしたいです。それから……困っている人がいたら助けたい」
「……なるほどね」
私がそう答えると、彼は納得したように目を伏せる。
彼が求めていた答えとしては、正解だったのだろうか?
それを確かめるように、ファスルさんが尋ねる。
「満足したか?」
「ええ、十分です」
どうやら良かったらしい。
ようやく腰を下ろしたところで、全身の力がふわっと抜けた。
お疲れ様、と隣から声が聞こえる。
私の出番はここまで。
だけど会議は始まったばかりだ。
目立つ席にいる分、堂々としていよう。
それから淡々と会議は進んだ。
各団の報告から、今後の意向について。
目ぼしい情報も交換して、滞りなく話題が減っていく。
最後にファスルさんが、他に報告はないかと全体に問いかけた。
すると一人、いや一組が手を挙げた。
「僕とシスティーから、個人的な報告がある」
「お、なんだ? ついに結婚でもするのか?」
「ちょっ! 先に言い当てないでくださいよ……」
「え、ええええええええええええ!? マジだったのかぁ!」
驚きすぎて大声を出す。
ファスルさんの声は大きすぎて、会場中に響き渡った。
もちろん驚いているのは彼だけじゃない。
「はっはは! そいつはめでたいね!」
「おめでとー! システィーナさん、ヘルフストさん!」
「ふっ」
リエータさん、レンテちゃん、イヴェールさんがそれぞれの反応を見せる。
先に言い当てられてしまったヘルフストさんは微妙な表情だ。
だけど、どこか幸せそうで、恥ずかしそうでもあって。
「ったく、室内だっていうのに良い風を吹かすよ」
「本当にね」
あの日、抱きしめ合う二人を見た。
私とエアル君は驚かない。
冷たく苦悩する二人の元に、最後に吹き抜けた温かな風を感じてふと思う。
秋の風が、幸せを呼び込んだのかもしれない。






