73.上達のコツ
食事開始から一時間半。
食べに食べ続け、テーブルの上に盛られた料理は綺麗に平らげた。
お腹がぽっこり出るほどには、私もエアル君も満腹だ。
「もう食べられない」
「わ、私も……」
「情けないな二人とも。このくらいで満腹になるなんて」
「……お前は何で平然としてるんだよ」
呆れるエアル君の気持ちが私にもわかる。
いかに美味しいとは言っても、お腹の容量には限度があるわけで。
レンテちゃんなんて、お腹いっぱいになって途中から眠ってしまったよ。
私とエアル君が頑張って食べ続ける前で、一度も手を休めることなく怪物みたいなペースで食べ続けていたのがヘルフストさんだ。
出された料理の半分以上は彼が一人で平らげた。
「本当……お前のどこに入るんだよ」
「もちろん腹だが?」
「いつか太るぞ」
「知らないのか? 美味い料理はいくら食べても太らないんだぞ?」
ヘルフストさん渾身のドヤ顔が炸裂する。
対するエアル君は呆れ顔で、憐れみも含んだ視線を向けながら……
「……こいつ馬鹿だな」
「なんだと失礼な!」
「あははははっ……」
失礼ながら私も同じことを思ってしまったよ。
ヘルフストさんのイメージがこの数時間でどんどん塗り替えられていく。
いやたぶん、元がこういう人なのだろう。
エアル君の態度や、システィーナさんの嬉しそうな表情を見て、私はそう感じていた。
「ごめんなさいねユリアさん、ちょっとはしゃいで作り過ぎてしまったわ」
「い、いえ、料理どれも美味しかったです。また食べたいって思います」
さすがに今は入らないけど……
しゃべると下品にげっぷが出てしまいそうで我慢する。
「システィーナさんの料理って、なんだか落ち着く味がしますね。初めて食べるはずなのに、ずっと前から食べてきたような懐かしさもあって不思議な気分でした」
「ふふっ、よく言われるわ。みんなからもお袋の味だって言われるの」
「お袋の味?」
「母親の味ってことよ」
母親の味……
そういう表現の仕方もあるのか。
「ユリアさん?」
「あ、すみません。私その、お母さんの味って言われてもよくわからなくて」
「そういえば貴族の生まれでしたよね? なら仕方がないと思いますよ」
「いえ、私の家はお金がなかったので。ただ、お母さんも私と同じで料理が下手だったんです」
古い記憶を思い返す。
父が病死してからしばらく、母親が一人で家の仕事をこなしていた。
元から小さな家でお金もなかったから、使用人も多く雇えない。
料理人を雇うのも勿体ないからと、街で出来合いの品を買ってきて、それが食卓に並んでいた。
別にそれを悪くは思わないし、惨めだとも思わない。
お母さんが頑張っていた姿を毎日見ていたから。
「そうだったのですか。それにしても意外ですね。錬金術で何でも作れてしまうユリアさんが、料理を苦手というのは」
「あははは。私もそう思って挑戦してみたことがあるんですけど……上手くいかなくて」
なんとなく挑戦して、案の定失敗した。
それ以来、料理に挑戦することはなくなったよ。
別に作れなくても買えばいいから、というシスティーナさんには怒られそうな理由で。
「私には向いてなかったみたいです」
「料理に向き不向きはありませんよ? あるとしたら気持ちだけです」
「気持ち……ですか」
「ええ。料理には錬金術とは違って、特別な才能はいりませんから」
確かにその通り。
気持ちの問題というのもわかる。
生きていくために身に着けた錬金術と違って、料理を身に着ける理由が私にはなかった。
出来なくても買えば良い。
その一言で解決してしまうことだったから。
だけど今は少しだけ……興味があったりするんだ。
「大切なのは思いです。この人に食べてもらいたい、笑顔になってほしいという思いが料理を上達させるんですよ?」
「思い……」
「そうです。だから――」
システィーナさんが耳元で囁く。
「もし意中の相手に食べてもらいたいなら、いつでもご相談してくださいね?」
「なっ!」
い、いきなり何を!?
耳元から顔を離したシスティーナさんが、ニコリと私に微笑みかける。
私はというと驚きすぎて、自分でも顔が赤くなっているとわかる。
次いで不意に、視線がエアル君とあってしまって。
「どうしたユリア? 顔が真っ赤だぞ」
「な、何でもないよ!」
慌てて首を振る私にエアル君は首を傾げる。
不意打ちに動揺して、胸のドキドキが治まらない。
◇◇◇
「じゃあ僕たちは戻るよ。いい加減戻らないと怒られる」
「そうか。次に会うのは四風会議だな」
「ああ。ユリアさんもまた。会えてよかったよ」
「はい。私もです」
お礼の食事を終えてすぐ、二人は秋風の元に帰ることになった。
夕焼け空を背に、二人の影が並んで伸びる。
もう離さないと言わんばかりに、システィーナさんはヘルフストさんの手を握っていた。
「また会いましょうね? ユリアさん」
「はい!」
「その時に必要なら、あの話の続きもしましょう?」
「ぅっ、き、機会があったらで」
また顔が赤くなる。
今は夕焼けのお陰でわからないだろうけど。
「それじゃ」
「ああ! また会おう」
エアル君とヘルフストさんが握手を交わした。
二人が手を振り、背を向けて去っていく。
私たちはそれを静かに見送っていた。
「なぁユリア、さっきの話ってなんだ?」
「え? な、何でもないよ」
「何でもないってことないだろ? 気になるな」
「……ま、まだ教えられない」
私が逃げるようにそう答えると、不満そうな顔をするエアル君。
恥ずかしいし、今はまだ何とも言えない。
でもいつか……
「そのうち……教える……かも」
そんな日が来るかも。
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