70.臆病な自分
ポーションが完成した後、私たちは二人のいる宿屋に向かった。
それから場所を移し、街のレストランに足を運んだ。
閉店後に調理場を貸してほしいという交渉を済ませた後、一時解散して夜を待つ。
午前零時。
日付が変わった頃にレストランで集まる。
「レンテちゃんは?」
「宿屋で寝てるよ。子供は寝る時間だからな」
システィーナさんの問いにエアル君が答えた。
ギリギリまで自分も行くと言っていたレンテちゃんも、眠気には勝てなかったみたいだ。
そういう所は子供っぽい。
レンテちゃんには明日の朝、目が覚めてから教えないとね。
私はシスティーナさんに尋ねる。
「作る料理は決まりましたか?」
「ええ」
「じゃあ料理の準備をお願いします。私とエアル君はキッチンの外で待っていますね」
「はい」
私たちは二人を残してキッチンを去る。
事前にこうすることは決めていた。
出来るだけ二人でいて、お互いを意識してほしいから。
「でも見たかったなー。システィーナさんが料理をしてるところ」
「次に見せてもらえばいいさ。この依頼が終わったら、今度は俺たちのために料理を作ってもらおう。報酬代わりにさ」
「それ良いね。楽しみだよ」
◇◇◇
調理が終わり、キッチンの扉が開く。
作った料理をテーブルに運び、席に着いたヘルフストさんの前に置く。
意外だった。
その料理を目にして、私は思わずつぶやく。
「お弁当?」
「みたいだな」
目の前のお弁当を見たヘルフストさんは、何かを思い出したようにじっと見つめる。
システィーナさんが彼に尋ねる。
「ヘルフ君は覚えていますか? 私たちが初めて出会った日のこと」
「……ああ、よく覚えているよ」
二人は思い返す。
同じ日の思い出を。
「私はあの時、運命だと思ったんです」
「僕もだ」
懐かしき思い出を胸に、ヘルフストさんはお弁当を口に運ぶ。
残念ながら美味しいとは言わなかった。
まだ味覚が戻っていないから、そう言えないんだ。
しかし彼はゆっくりと、味ではなく思いをかみしめるように味わった。
「ごちそう様。後はこれを飲めばいいんだね?」
「はい。飲んだ後は眠気がくるので、抗わずに目を閉じてください」
「わかった」
ポーション故に効果は即時。
飲み干した直後に、ヘルフストさんは瞼を重くする。
そのままゆっくりと、眠りに落ちた。
◇◇◇
僕は料理が好きだ。
食べるのも好きだし、料理をしている光景も好きだ。
新しい味を求めて旅をしていた時期もある。
そんな折に秋風と出会って、気づけば旅団長になっていた。
「ここは……」
目の前には僕がいた。
美味しそうな料理を前にワクワクしている自分の顔は、端から見るとちょっと間抜けだ。
一緒にいるシスティーも嬉しそうな顔をしている。
思えば彼女に出会ってから、彼女の料理ばかり食べるようになっていた。
味の探求でフラフラと放浪する時間が減ったのも、その頃からだ。
「彼女はいつも……新しい味を教えてくれる。出会ってから毎日……」
そう、毎日。
僕が知らない味の世界を、未知の美味を彼女は作り続けていた。
明日も、明後日も、その先も。
彼女は料理が大好きだ。
料理をしている時、とても良い笑顔をしている。
だけど時折、辛そうな顔をするときがあるんだ。
辛そう……は違うか。
悩んでいる顔だ。
「どうして……」
僕は彼女が料理をしている姿が好きで、よく見ていたんだ。
料理が大好きな彼女が、料理中に眉をひそめている。
そんな光景を、何度か見せられた。
僕には最初、どうして彼女がそんな顔をしているのかわからなかった。
毎日じゃなくて偶にだから、深く気にしてもいなかった。
でも――
「そうか。僕はあの時……」
ふいに気付いてしまったんだ。
映し出されている何気ない食事の一幕で、僕の所為だと思った。
彼女が悩み、眉を顰める理由。
それは……僕の期待に応えるためだと。
新しい味を求めている。
今より美味しい物が食べたい。
彼女ならそれを実現できるから、わざわざ探し回ることも減った。
僕の期待を彼女は一人で背負っていたんだ。
新しい味を発掘し続けることは、未知に挑戦し続けるということでもある。
誰もやらなかったこと試さないと、新しい味にはたどり着けない。
道しるべのない道を、自分の明かりだけを頼りに進む。
どれだけ険しい道のりだっただろう。
どれほど不安だっただろう。
「だから僕は……味を……」
僕の我儘が彼女に負担をかけている。
そう思ったから、僕は無意識に食べることを拒んだんだ。
病気はきっかけに過ぎない。
ユリアさんが言っていたように、僕は自らの意志で味を失った。
結局、逃げ出したのと同じ理由なんだ。
僕の所為で彼女に負担をかけたくなかった。
いつか彼女が、料理を嫌いになってしまう気がした。
僕の所為で……そして果てに、僕の元からいなくなってしまう。
一人で勝手に妄想して、嘆いて、逃げ込んだ。
「ああ……僕は……」
僕はなんて、臆病者なんだ。