69.追憶のポーション
宿屋の一室に二人。
ヘルフストとシスティーナがベッドの端に腰を下ろす。
「思い出深い料理か。システィーはパッと思いつく料理ってなにかあるかい?」
「そうですね。思い出深い……うーん」
システィーナは頭を悩ませる。
天井を見上げ、続けてヘルフストの顔を見る。
「作るのが大変だった料理ならありますけど、私だけ印象深い料理じゃないですもんね」
「そうだね。あくまで僕たちにとって思い出深い……か」
二人で揃って考え込む。
うーんと唸りながら互いを見たり、目を瞑ったりしながら思い返す。
「ヘルフ君が今まで食べた中で一番美味しかった料理はなんですか?」
「一番……一番……どれも美味しかったから、一番って言われると難しいな」
「じゃあヘルフ君が一番好きな料理は?」
「うーん……システィーが作ってくれた料理なら全部好きだよ」
料理の話とは言え、直球に好意を伝える彼に赤面するシスティー。
気弱だと誤解されやすいヘルフストだが、好意を伝えることを恥ずかしいとは思っていない。
いつだって真っすぐ好きなことに向き合う彼の姿勢は、秋風の団員たちも尊敬している。
「ヘルフ君は変わらないですね……出会った時から」
「そうか? 多少は成長したと思うんだが……」
「ふふっ」
この時、彼女は作る料理を決めたようだ。
自分たちにとって思い出深い一品を。
◇◇◇
「お帰りなさい!」
「ただいま」
「ただいまレンテちゃん」
私たちが宿屋に戻ると、レンテちゃんが元気いっぱいに出迎えてくれた。
彼女の背のテーブルには、彼女が買い揃えた素材が置かれている。
それに気づいたエアル君が尋ねる。
「ちゃんと全部買えたか?」
「うん! ばっちりだよ!」
自信満々のレンテちゃん。
可愛い笑顔が示す通り、ちゃんとお願いした素材が揃っているみたいだ。
「ねね? ちゃんと全部ありますよね?」
「うん。さすがレンテちゃん」
「わーい! お姉ちゃんに褒めてもらえたー!」
嬉しそうに両手を挙げてぴょんぴょん跳ね回る。
一つ一つのしぐさが可愛すぎて、思わず抱きしめたくなるよ。
エアル君が左右を見渡し、レンテちゃんに問いかける。
「二人は?」
「向こうの宿屋にいるよ!」
「じゃあ作る料理を考えてるのか」
「そうだと思う!」
だったら邪魔をしても悪いし、先にポーションを完成させよう。
そう提案してさっそく作成に移る。
今回は一本しか作らないし、錬成陣も小さくて良い。
広い場所は必要なくて、素材も一本分だ。
レンテちゃんが用意してくれた素材に、エアル君のお陰で採取できたリコレテンダケを加える。
「わぁ~ 気持ち悪い色してる」
「毒があるんだよな? そのまま使うのか?」
「ううん。毒のある紫色の部分だけ取り除くよ」
派手な見た目なリコレテンダケは、紫色の濃い部分に強力な毒を持つ。
人間が食べれば死んでしまうほど強力な毒だ。
このまま使うとポーションもただの毒になってしまうから、その部分は取り除いて使う。
ナイフを使い、果物の皮をむくように切り取っていく。
簡単そうに見えるけど、意外と難しい。
何しろ毒だから、触り続けているだけで一時的に手がしびれてくるんだ。
「大丈夫かユリア」
「平気だよ。ちょっとしびれてるだけ。口にしない限り幻覚を見ることもないから」
「そうか。なら良いけど」
心配してくれるエアル君。
本当のことを言えば痛かったりするんだ。
痺れはそのまま痛みでもあるから。
我慢できる痛みだから我慢して、最後まで処理を進める。
これさえ終わってしまえば後は錬成するだけだ。
錬成陣を書こうと白いチョークを握る。
「あっ」
握ったつもりが落としてしまう。
長い時間触れていたから、痺れで感覚がマヒしているんだ。
上手く力が入らない。
先に書いておけばよかったな。
「貸してくれ」
「エアル君」
「俺が代わりに描くよ。だから描き方教えてくれるか?」
「うん」
私の代わりにエアル君が錬成陣を描いていく。
普段は自分が描いている物を、他の人にお願いするのは初めてで、説明の仕方に戸惑った。
上手く説明できない部分もあったのに、エアル君は意図を読み取ってスイスイと書いてしまう。
それになんだか楽しそうだ。
「出来たぞ」
「ありがとう! あとは素材を全部横一列に乗せて……」
錬成陣を発動させる。
手のしびれは残っているけど、錬成には影響しない。
あっという間に光に包まれ、治まる頃には一本のポーションが完成していた。
透明なガラス瓶の中に薄黄色の液体が詰まっている。
「追憶のポーション完成だ!」
過去を思い返すポーション。
これで後は、鍵になる料理さえ揃えば完璧だ。
「じゃあ二人の所に行――ひぇ!」
「お姉ちゃん変な声!」
「エアル君が急に握ってくるから」
痺れた手を彼が握っていた。
それに驚いて変な声が出てしまったよ。
「行くのは、この痺れが治ってからな? じゃないと道端で今の声を出すかもしれないぞ?」
「そ、それは恥ずかしいね」
それからしばらく休憩して、私たちはポーションを手に二人の元へ足を運ぶ。






