68.ビックリ人間すぎるね
森の王者ネロオーガ。
漆黒の筋肉質な身体は大きいというより分厚い。
赤い瞳で私たちを睨む。
ここは自分の縄張りで、食べ物は渡さないぞと訴えているように。
大きさは予想していたより小さかった。
それでも圧倒的な威圧感の所為で、予想以上の大きさに見えてしまう。
「怒ってるなー」
「待ち伏せされてたの?」
「そうかもな。いや偶然かもしれないけど、それより今は――」
ネロオーガが地面を蹴り飛ばす。
抉れた地面に目が行く中、エアル君は上を見上げる。
「一旦距離をとりたいかなっ!」
「わっ!」
握った拳を豪快に振り下ろし、私たちを叩き潰そうとしてくる。
エアル君は私を抱きかかえたまま軽々と動き回り、ヒラリヒラリと躱して見せる。
「でかい癖に動きは速いな!」
エアル君は逃げに徹していた。
口にした通り想定以上の速度でネロオーガが猛追してくる。
私はしばらく、その迫力に負けて一言も発せなかった。
しかし状況にハッと気づき、慌ててエアル君に謝る。
「ごめんエアル君! 私の所為で戦えないんだよね?」
「気にするな。それよりしっかり掴まっててくれ」
「う、うん!」
言われた通り、彼の身体にしがみ付く。
正面から彼の胸に顔を押し当てると、速くなる心臓の鼓動がよく聞こえた。
不謹慎かもしれないけど、彼の胸で音を聞いていると、なんだか心が落ち着く気がする。
お陰で恐怖心が薄れてくれた。
「エアル君! 一度離れて私を置いて! 私ならもう大丈夫だから!」
「了解した。それじゃ一気に下がるぞ!」
その言葉を合図に、エアル君は急加速して後退する。
驚きの速度に目が追いつけなくて、咄嗟に力いっぱい彼に抱き着いた。
オーガと距離が出来たことで僅かに余裕が生まれる。
エアル君は私を放す。
「ここでじっとしていてくれ。まずあいつを片付ける」
「わかった。気を付けてね?」
「ああ。出来れば頑張れって応援してくれ」
「うん! 頑張って!」
今の私に出来ることは、精一杯の声で応援することくらいだ。
すると彼は嬉しそうな笑みを見せ、腰の剣を抜く。
「おう! 頑張る!」
迫るネロオーガ。
それよりも速くエアル君は駆け出し、燃える炎の剣を振るう。
彼の斬撃が鋭く一閃。
ネロオーガの胴部を斬りつける。
「っ、硬いな! 岩を斬りつけたみたいだ」
見るからに傷は浅い。
表面の皮膚を斬った程度だ。
しかも斬りつけた部分が瞬時に回復してしまう。
「超速再生!?」
「普通のオーガにはない能力まで!」
森の王者と呼ばれる所以、それは凶暴さ以上の回復力。
様々な動物やモンスターが生息する森で、あれはたった一人で全てを敵に回せる。
どれだけ食われ、傷つけられても構わず再生する。
黒く不気味で不死身な怪物。
もちろん回復能力以外も強力で、岩をも砕く拳も十分に恐ろしい。
ネロオーガは両手を組み、ハンマーのように叩きつける。
エアル君は剣を横に構えてそれを受け止めた。
「一筋縄じゃいかないよな。でも――」
受け止めただけでも脅威なのに、エアル君はそのままネロオーガの拳を押し上げ、弾き飛ばす。
「俺よりは強くない」
続けて炎を灯した剣で連撃を繰り出す。
目にも留まらぬ速さで繰り出される攻撃に、ネロオーガは反応できない。
回復能力を頼りに防御することなく、お構いなしに反撃してくる。
それをエアル君は躱す。
斬撃と同様に目で追えない速さの足運びで移動し、ネロオーガの周りにまとわりつく。
「超速再生も無限じゃないよな? 再生が追いつかない速度で傷を負ったらどうなる?」
剣と炎が駆け抜ける。
素人の私にはハッキリとは見えない。
見えないけど、凄い光景だというのはわかる。
ネロオーガが彼の動きに反応できず、同じ場所で暴れているだけだ。
腕を振り回しても当たらない。
地団太を踏んでも速度は落ちない。
どちらが人間で怪物なのか、これじゃわからなくなるよ。
改めて思い返すと旅団の偉い人って、ビックリ人間が多すぎないかな?
だけどお陰で、安心して見ていられる。
「まぁ見えないんだけど」
「おいおいどうした? 動きが鈍くなってきたぞ!」
エアル君の煽りが通じたのか、ネロオーガが激昂する。
最後の力を振り絞るように拳を握り、狙ったのは彼ではなく地面だった。
地面を抉る衝撃の波が周囲に拡散される。
その波は私にも届いて――
「ったく、最後の最後で暴れたな」
「エアル君!?」
いつの間にか私の前に立っていたエアル君が、衝撃波から私を守ってくれていた。
「オーガは!?」
「大丈夫。もう終わったよ」
エアル君の視線につられて、衝撃波の中心に目を向ける。
立ち昇った土煙が徐々に治まって、抉れた地面の中心にネロオーガは倒れていた。
「再生にもエネルギー消費がある。体力が尽きればそれまでだ」
「エアル君は大丈夫なの?」
「全然平気だよ。これくらいの運動ならあと一時間は平気」
「……」
凄すぎて言葉が出ないな。
だけど一言、ちゃんとお礼を言おう。
「守ってくれてありがとう」
「どういたしまして。さぁ、あれ採って帰ろうか」
「うん」
エアル君が森の王者を倒したお陰で、私たちは目的のリコレテンダケを手に入れた。
一方その頃――






