67.森の王者
私たちが探しているリコレテンダケは、洞窟や日陰など程よく湿っていて暗い場所でよく育つ。
強力な毒性を持っていることもあり敬遠されがちだが、素材としてはかなり優秀なほう。
ポーションの材料だけでなく、様々な薬品にも使われる。
そんなリコレテンダケは、環境さえ整えば栽培することも可能だ。
しかし誰も栽培しようとは思わない。
その理由が――
「ネロオーガ、別名森の王者か」
「うん。リコレテンダケはネロオーガの大好物なんだ」
オーガと言えば肉食が基本だけど、ネロオーガだけは違う。
真っ黒な見た目のネロオーガは、リコレテンダケを好んで食べる。
というより、それ以外は食べない。
だから生息する場所も限られていて、リコレテンダケが生えている場所に棲みつくんだ。
凶暴さも恐ろしいのだけど、一番怖いのはリコレテンダケに対する執着だ。
近くにリコレテンダケが生えていると、見えなくても場所がわかる。
厳重に管理された建物内ですら、ネロオーガは大好物の存在に気付いて襲ってくる。
「話だけ聞くとすごい食いしん坊だよな」
「そうだね。でも仕方ないんじゃないかな? 食べないと生きられないのはモンスターも同じだし」
「だからってえり好みしすぎだけどな。そのお陰で発見報告が多くて助かった」
「うん。私もエアル君から話を聞いてなかったら思いつかなかったよ」
ネロオーガが近くの山に生息している。
その情報は事前に知っていた。
意図していたわけじゃなくて偶々だ。
エアル君が指揮する素材部隊が森に入る予定だったから、事前に情報を集めていて、その一つにネロオーガの話もあったそうだ。
私も素材集めには同行する予定だったから、事前に耳に入れていた。
それがなければポーションも作れないし、運が良かったと思う。
私たちは森の奥へと足を進める。
背の高い木々に日光を遮られ、時折葉っぱの間から差し込む日差しが眩しい。
程よいじめっとした空気も漂ってきた。
風もなく、動物たちの姿もない。
「静かだね」
「ネロオーガの縄張りだからだろ。他の動物が近寄れないんだ」
「キノコしか食べないんだし、他の動物とも共存できそうなのにね」
「それしか食べないからこそ警戒心が高いらしいよ。近寄るとキノコを奪いに来たと思われて、問答無用で襲ってくるんだってさ」
どれだけ好きなんだよ、とエアル君は呆れ顔で呟く。
確かに呆れる程強い執着だ。
たかが食料でそこまで拘るのか。
好き嫌いなんてせずに色々食べればいいのにと思うよ。
「好き嫌い……か」
「どうした?」
「あ、ヘルフストさんって嫌いな食べ物とかあるのかなーって思って」
「ないぞ。あいつは美味ければ何でも食べるから、料理が目の前に出されれば喜んで平らげるぞ。文字通りの雑食だから」
雑食って……
言い方が人間に対するそれじゃないよ。
「ちょっと気になったんだけどさ。エアル君とヘルフストさんって仲良いの? 悪いの?」
「ん? 普通じゃないかな?」
「普通……」
普通って何だろう?
男友達の距離感がイマイチわからない私は、悶々と考えながら歩いていた。
すると突然、エアル君が私の手を引く。
「へっ!」
「なんだよその変な声」
「へ、変な声はエアル君の所為だよ! 急に引っ張るから」
「仕方ないだろ。それ以上は俺より先に進まないほうがいい」
「え? どうし――」
聞くまでもなかった。
私が踏み出そうとした地面に、モンスターの死体が転がっていたんだ。
ズタボロにされた身体から血が流れ、地面に染みこんでいる。
見た所まだ新しい。
気付いてから異臭も感じて、思わず鼻を塞ぐ。
「こ、これってまさか……」
「間違いなくネロオーガの仕業だな。不用意に近づいたモンスターが襲われたんだろ。つまりここはもう奴のテリトリーだ。いつ襲われても不思議じゃない」
エアル君の真剣な表情が、私の緊張感を煽る。
ごくりと息を飲み、彼より前へ出ないよう三歩下がる。
「ユリア、俺から離れるなよ」
「う、うん」
気を引き締めて進もう。
ここから先は、楽し気におしゃべりすることも出来ない。
緊張感を漂わせながら、私たちはペースを落として前進した。
街で得た目撃情報を頼りに向かったのは、切り立った壁に空いた大きな窪みだ。
洞窟と呼ぶには浅すぎて、中の空間が外目に見える。
木々と外壁が日光を遮り、地面は滑ッとして湿っていた。
リコレテンダケが育つ環境としては最適と言って良い。
そう思った時、視界の先に紫色をした毒々しい見た目のキノコを見つける。
「あったよ! あれがリコレテンダケだ」
「見るからに毒キノコだな」
「ネロオーガもいないし、今のうちに採取しちゃおう!」
「そうだな。なんでいないのか不思議――待て!」
キノコを採取しようと前に出た私の腕をエアル君が掴む。
今度は強引に、無理やり引っ張って抱き寄せられ、そのまま大きく後ろへ下がる。
「エ、エアル君!?」
「上だ!」
切り立った壁の上。
私が見上げた時にはもう、漆の光沢のように黒々とした巨体が頭上に迫っていた。
着地した巨体は地面を抉り、地響きと共に私たちを睨む。
「あ、あれがネロオーガ」
「森の王者のお出ましだな」
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