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65.思い込みの力

 人間には感情がある。

 言葉がある。

 心がある。

 人と接したり、食べたり、寝たり。

 日々当たり前のように行っていることでも、何も感じないことはありえない。

 人と話せば心が動く。

 楽しければ笑顔になって、悲しければ涙がこぼれる。


 人間の身体はとても素直でわかりやすい。

 感情に呼応するように、身体に変化として現れる。


 身体に異常がないのなら、考えられる原因で一番あるとすれば……


「精神的なものです。別の言葉で言い換えれば、ストレス」

「ストレス……?」


 拍子抜けしたのだろうか?

 それとも信じられないから、意外そうな顔をしているのかも。

 ヘルフストさんだけじゃなくて、その場にいたみんなが揃って同じ顔をしていた。


「ユリア、それって気持ちの問題ってことか?」

「そういう言い方もできるね。信じられないかもしれないけど、そういうのってあるんだよ?」

「いやそれは聞いたことあるけどさ。味覚までなくなるものなのか?」

「あり得ない話じゃないよ」


 何も根拠のない話をしているわけじゃないんだ。

 人間の身体の仕組みを調べたことがある。

 錬金術をする上で、人間のことを理解することはとても重要だった。

 構造はもちろん、まだ解明されていない謎も含めて。

 その中に興味深い資料があった。

 それは人間の思い込みの力についてだ。


「ある実験でね? 目隠しをした人に鉄を熱する音を聞かせて、今からこれを腕に押し当てるって伝えたんだ」

「な、なんだよその実験。ただの拷問じゃないか」

「私もそう思うよ。でも実際は、熱していないただの鉄を当てたの。それなのにね? 当てた部分の肌が真っ赤に炎症を起こしたんだ」


 実際には熱せられていない。

 鉄は冷たく、肌に当てた所で圧力でほんのり赤くなるだけだ。

 それも一瞬で消える。

 にも関わらず、その人の肌は爛れた。

 まるで実際に火傷を負わされたように。


 私の話を聞きながら、エアル君が情報を一言にまとめる。


「つまりはそう思い込んで、身体が勝手に反応したってことか?」

「そうだよ。ただの錯覚で、身体に変化が現れたんだ」

「思い込みだけで……凄いな。その実験をしたやつらはどうかしてると思うけど」

「良いことじゃないよね。だけどそのお陰で分かったんだよ。人の身体は、思い込めば変化するって」


 怖くて身体が震えることがある。

 先入観や思い込みで、身体が反応してしまっている。

 そういう経験は、意外とみんなしているんだ。

 気付いていないだけで、人は自分の身体を操っている。

 恐怖で足がすくむように。


「じゃあ……僕は、僕は自分の意志で味覚を失ったというのかい?」

「その可能性があると思ってます」

「いや……いやいやいやありえないだろ? 僕が自分で味を? 食べたくないと思ったってことか?」

「それはわかりません。ただ病気ではないなら、そうだと思っただけです」


 ヘルフストさんが唇を噛みしめる。

 あまり言いたくないことだけど、考えられる理由で一番高い可能性だ。

 魔法関連だったり、未知の病気だったり。

 その辺りも考えたけど、さっきのポーションに反応しなかった時点で候補から外れた。

 

「そんな……僕が……」

「ヘルフストさん、味を感じなくなる直前かその前に、何か変化はありませんでしたか?」

「変化……」

「はい。印象的な出来事があったり」


 私が質問すると、ヘルフストさんは頭を抱える。

 本当に辛そうに悩んでいる。

 心苦しい気持ちはあるけど、こればかりは聞くしかない。

 それをわかっているからか、他のみんなも静かだ。

 システィーナさんも。


「……何もなかったと思う。システィーナは覚えているかい? 一月前くらいに、何かあったとか」

「いえ私も心当たりはありません。普段通りだったと思います」

「そうだよね。ああ、普段通りだった。そのはずだ……でも……」


 何かが引っかかる。

 そう言いたげな顔をするヘルフストさんに、私はある提案をする。


「もしかしたら思い出せないだけかもしれません。私のポーションなら、隠れてしまった記憶や思いをもう一度思い出させることが出来ます」

「そう……なのか?」

「はい。今から作るので素材集めからになります。それとポーションだけでは効果が出ないので、システィーナさんにも協力してもらわないといけません」


 私が彼女に視線を向けると、力強く頷いてくれた。


「私に出来ることならやります。だから……」


 システィーナさんはヘルフストさんに目で訴えかける。

 その視線に気づいた彼は、拳を力いっぱい握りしめ、大きく深呼吸をする。


「ああ。僕は、僕の心と向き合えばいいんだね?」

「はい」

「なら協力してくれ。この事態を招いたのが僕自身だと言うなら、尚更僕は知るべきだ。僕の心を、ボクって奴が何を考えていたのか」


 決意を胸に……いや、彼の場合はお腹にかな?

 食べることが何より好きだった彼が、自ら食べることを避けている。

 その理由を知るために、己の心と向き合わなければならない。

 たぶんそれは、どんな相手よりも強敵なのだろう。


 人間にとって一番わからないものは案外、自分の心なのかもしれないから。

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