64.原因を探れ
人目を気にせず抱きしめ合う二人。
通り過ぎる人たちが目を向け、何事かと足を止める。
それでも一切構わず、互いの鼓動が感じられる距離を保つ。
しばらく続いて、同じタイミングで重なった胸を離す。
「どうしていなくなったのか……聞いても良いですか?」
「ああ、ちゃんと話すよ」
場所を喫茶店に移し、ヘルフストさんは事のあらましを説明した。
包み隠さず、抱いた感情も含めて。
味を感じなくなって、料理が食べられなくなって、無理をして食べても吐き出してしまう。
そんな自分が嫌で、彼女に見せたくなくて。
心配させたくないという言葉を建前に、彼はシスティーナさんの前から姿を消した。
「これが全部だよ。もう隠していることは何一つない」
「……ヘルフ君」
「先に言うけど君の所為じゃないからな? 君の料理はいつだって最高に美味しかった。不満を抱いたことなんて一度もない。これは紛れもない本心だ」
表情を暗くしかけたシスティーナさんに気付いて、ヘルフストさんは強く自分の思いを口にした。
彼女の手を握りしめ、大丈夫だと肌で伝えるように。
けれどもそれで、心配が消えるわけではない。
システィーナさんは目を伏せ、首を横に振って答える。
「私が最初に気付くべきでした。ヘルフ君の食事を作ってるのは私なのに……それに気づけなかったのなら、私にも責任があります」
「違う! 君は何も悪く――」
「だから私も! ヘルフ君の病気が治るお手伝いがしたいです!」
「システィー」
彼に握らられた手を、システィーナさんは強く握り返す。
落ち込むばかりではなかった。
彼女はまっすぐ前を、ヘルフストさんの顔を見つめたまま、決意を言葉にする。
「私がもっと美味しい料理を作れば、ヘルフ君も食べたいって思えるかもしれませんよね? 難しいことはわからないけど、料理なら私が何でも知ってます! だから頑張りたいんです。ヘルフ君にまた、美味しいって言ってもらえるように」
「システィー……ああ、僕も君の料理が食べたい。今日も、明日も明後日もずっと」
ヘルフストさんの瞳から涙がこぼれる。
散々泣いて、枯れるまで泣いても、感情があふれ出せば涙は流れる。
強い思いがあればこそ、涙が温かく頬をつたる。
この二人は本当に、互いのことを必要としあっているんだ。
なんとか力になってあげたい。
私は二人が落ち着くのを待って、改めて質問することに。
「はぁ、今日は泣いてばかりだな」
「良いじゃないですか。泣きたいときはたくさん泣きましょうよ」
「ああ。だけどいつまでも皆を待たせるのも良くないからな。この辺りで一旦落ち着くよ」
彼は涙を袖で拭い、私と目を合わせる。
「ユリアさん。昨日と同じセリフになるけど改めてお願いしたい。僕に協力してくれないか?」
「はい。そのつもりで来ました」
「ありがとう」
「私からもありがとう! お陰でヘルフ君とも会えたわ」
二人の感謝の言葉が胸に届く。
だけどまだ、感謝を言われるには早いと、私は首を横に振る。
「お礼は全部解決してからです」
「そうだね」
「私に出来ることがあったら何でも言ってください!」
「俺たち春風も当然協力するよ。何をすればいい?」
「その前にまず、私の考えを聞いてもらえないかな?」
昨日の夜からずっと、原因について考えていた。
布団に入って目を瞑り、彼の言葉を思い返し、記憶の中の知識を総動員して。
味覚を失う病気、その症状と原因。
病気以外の可能性も含めて。
そうして導き出した一つの結論を、私はみんなに共有する。
「私はヘルフストさんの症状は、病気ではないと思っています」
「え?」
「病気じゃない?」
ヘルフストさんとシスティーナさんが揃って首を傾げる。
そういう反応になるだろう。
理由を今から説明する。
「味覚を失ったり、吐き気が現れる病気はあります。どれも病気の症状の一つなので、元の病気さえ改善すれば治るんです」
「医者にも同じことを言われたな。薬を貰って熱は治まったから、そのうち治るだろうって。でも実際は違ったよ。症状は悪くなる一方だ」
「はい。その話を聞いてたので、身体のどこかに異常があるわけじゃないのは確実だと思います。ただ念のためにこれを」
私は肩に掛けていたバッグから、黄色い液体の入ったポーションを取り出す。
黄色は特殊な効果を付与するポーションだ。
ヘルフストさんが手に取り尋ねてくる。
「これは?」
「身体に異常な箇所がないか調べる効果があります。飲むと身体が淡く白色に光り出して、怪我や病気になっている箇所があると、そこだけ赤くなるんです」
内臓など内側が悪い場合でも、外から見てわかるくらい赤く光る。
大きな病院でも使われることのある検査用のポーションだ。
これを飲んで変化がなければ、身体に異常がないと証明できるだろう。
話を次へ進めるために、まずは確認しておきたい。
その旨を話すと彼は簡単に納得して、ポーションの蓋を開ける。
「飲めばいいんだね?」
「はい」
「わかった」
躊躇いなくごくりと飲み込む。
すると話した通り身体が淡く光り始める。
「光り出した!」
人が光るのはいつみても神秘的な光景だ。
興奮気味のレンテちゃんの横で、私はじっと変化を待つ。
どこか悪ければ赤くなるはずだ。
私の予想通りなら、変化は起きない。
「あ、消えちゃった」
残念そうな顔をするレンテちゃん。
もう少し見ていたかったのかな?
でもこれでハッキリした。
「やっぱり身体のどこにも異常はありませんね」
「じゃあ……僕の味覚はどうして戻らない? ユリアさんは何が原因だと思うんだい?」
「それは――」






