63.涙の再会
言いたいことは全部言えた。
感情の高ぶりも治まってきて、次第に我に返ってくる。
今更ながら凄いことを言ったものだ。
初対面の、しかも目上の人に。
我ながらなんて大胆なことを口走ったのか。
「すぅー……はぁー」
気持ちを落ち着かせるために、私は大きく深呼吸をした。
狭い部屋の中、深呼吸の音が跳ね返って聞こえる。
長く息を吐ききった所で、エアル君と目が合った。
「正直驚いたよ。ユリアがあんな感情的になるなんてな」
「あ、ははははっ……自分でも驚いてるよ」
「そうみたいだな。でも良かったよ。あれはユリアだから言えるセリフだ。俺が言っても大して響かなかっただろう。なぁヘルフスト」
「だろうね」
ヘルフストさんは軽く笑いながら答えた。
憑き物がとれたように清々しい表情を見せている。
彼は私に顔を向ける。
「ユリアさん、ありがとう。気付かせてくれて」
「い、いえその、私も大それたことを」
「今さら畏まらないでくれ。君の言葉は正しかった。間違っていたのは僕で、君のお陰で気付けたんだ。感謝しかしていないよ」
「は、はい。ならえっと、どういたしまして」
こんな感謝のされ方は初めてで、どう反応していいのか困る。
私はただ感情的に、衝動的に思いを口にしただけだ。
それでどうして感謝されるのか、正直自分じゃよくわかっていない。
ただ一つ確かなのは――
「はぁーあ、まったく! 初対面の、しかも女の子に気付かされるなんて。僕ってやつはどこまで情けないんだ? つくづく自分が嫌になるよ」
「何言ってるんだよ。お前が女に弱いのなんて昔からだろ?」
「ちょっとエアル! その言い方は語弊があるだろ!」
数分前よりもずっと、良い顔になった。
その瞳には希望が宿っている。
生きる希望が、前を向いて歩く意志が感じられる。
それなら良かった。
私の言葉が、彼女の思いが届いた証拠なのだと思うから。
◇◇◇
夜の街を二人で歩く。
行きは屋根を飛び移り、人目につかないよう気を張っていたけど、夜も遅くなってその心配はなくなった。
月明かりに照らされた夜道を歩くのは、私とエアル君だけだ。
心地良い静けさの中、互いの足音がよく聞こえる。
「ヘルフストが前向きになってくれて良かったな」
「うん。システィーナさんとも会う気になってくれて良かった」
「そうだな。ユリアの説教パワーのお陰で」
「うっ……」
エアル君はニヤつきながら横を向く。
「か、からかわないでよ。思い出すと恥ずかしいんだから」
「そうなのか? 凄く良い声出てたと思うけど」
「だから恥ずかしいんだって。エアル君って時々イジワルだよね」
「はははっ、よく言われるよ」
エアル君は無邪気に笑う。
感情的にでも伝えられて良かったと思う反面、エアル君にも聞かれていたのはちょっぴり後悔していたり。
彼の前で声を荒げて、怒りを露にする自分を頭に思い浮かべては恥ずかしさが増す。
それもで、やっぱり伝えられて良かった。
「会いたいのに会えないのは寂しい。一人ぼっちは辛いよ」
「ああ」
エアル君だって知っているはずだ。
彼も子供の頃、両親を失ってしばらく孤独だった。
正確にはレンテちゃんが一緒だったから、一人ぼっちではなかったのだけど。
大切な人を失い、自分一人の力で生きて行かなければならない。
そんな時、誰かが一緒にいてくれたら。
手を差し伸べられ、助けられた人にしかわからない胸の高鳴りがあるんだ。
「自分じゃ駄目だとか言ってたけどさ。エアル君でも言えたんじゃないかな?」
「そうでもないさ。俺とユリアたちは違う。だからヘルフストの気持ちのほうがわかるんだ。心配をかけたくない。嫌われてしまうのが怖い。大切だからこそ距離を置いてしまうのも……」
「……そっか。男の人って繊細なんだね」
「みたいだな。腕っぷしは強くても心は別だ。いつだって失うのが怖くて震えてるのかもしれない。自分で言ってて情けないな」
私は首を振る。
情けないなんて思わない。
それも一つ思い。
誰かを大切に思っているからこそ、失いたくないと思うんだ。
「エアル君に何かあったら、その時はちゃんと教えてね?」
「そうするよ。俺は怒られたくないからな」
「うん! 一人で勝手にいなくなったりしたら怒るよ。私だけじゃなくて、レンテちゃんも一緒に」
「それは怖いな」
◇◇◇
翌日の昼。
太陽が真上に昇りかけ、燦燦と地を照らす。
昨日よりも少し暑い。
風も弱いから、運動なんかしたらたくさん汗をかきそうだ。
「あの、どこに向かっているんですか?」
「着けばわかるよ。なっ、ユリア」
「うん」
「えぇ~ 私にも教えてくれないのー!」
私とエアル君が前を歩き、その後ろにシスティーナさんとレンテちゃんが続く。
向かっている場所はもちろんあそこだ。
二人には伝えていない。
先に伝えてしまうより、実際に会ってしまったほうが早いと思った。
目的地はもう目の前だ。
「あそこの宿屋だ」
「宿屋? ここに何か――」
システィーナさんが立ち止まる。
何かを見つけて、目を丸くして。
それは私たちにとっても予想外だった。
予定では部屋で待っていてもらって、私たちが彼女を連れて行くという流れだったから。
きっと待ちきれなかったのだろう。
会いたくない気持ちは、会いたいことの裏返しなのだから。
「システィー」
「ヘルフ……――!」
彼女は駆け出す。
言葉をなくし、ただ真っすぐに。
勢いをそのままで、愛しい彼の胸に飛び込んだ。
「ヘルフ君! ヘルフ君!」
「システィー、すまない……僕は……」
「良いんです! 無事でいてくれただけで私は嬉しい」
「……ありがとう」
ほら。
会ってしまえば簡単だったんだ。
二人は互いに大切で、掛け替えのない存在なのだから。
涙を流し抱きしめ合う二人を見つめながら思う。
真に心を通わせられることが、どれだけ美しくて羨ましいのか。
私もいつか――






