62.大切に思うなら
力強く意見する私に、エアル君が驚いていた。
彼も私がこんなことを言い出すとは思っていなかったみたいだ。
「ユリア?」
「ごめんねエアル君。そういうことを言ってる状況じゃないのはわかるけど! これだけは言わなきゃ気がすまないの」
あふれ出す感情が言葉に宿る。
私の怒りを感じ取ったエアル君は、そっと身を引いた。
私が話しやすいように、視界から外れてくれた。
言葉には出さなかったけど、好きにして良いと言われた気がする。
「ヘルフストさん」
「……」
相手は秋風の団長さん。
目上の人だし、ついさっき初めて顔を合わせたばかり。
他人に対して説教が出来るほど、私は偉くない。
それでも……私が誰より知っていて、共感できることがある。
「システィーナさん、ヘルフストさんがいなくなって凄く心配していましたよ」
「……そうだろうね」
「それに落ち込んでました」
「……ああ。それもわかってるよ」
わかっている。
その言葉を聞く度に、私は苛立ちを強くする。
「なら会ってあげてください。ヘルフストさんが無事だとわかればきっと喜びます」
「それは……止めておいたほうが良い。今の僕を見たら彼女はもっと心配するよ。食べられないなんて知られたら尚更だ」
ヘルフストさんはお腹を押さえながら続ける。
彼女の料理を、料理をしている彼女を思い出しているのだろうか。
「彼女は料理が好きなんだ。自分の料理を食べてもらえて、幸せだと思ってもらえることが嬉しいだよ。そんな彼女だからこそ、今の僕を見せたくないんだ。彼女のためにも、今は会わない方が良い」
「彼女のため? 違いますよね?」
「え?」
「全部自分のためじゃないですか! 食べられない自分を見せたくないのも、システィーナさんに幻滅されたくないからでしょ?」
彼が口にした言い訳は、私じゃなくてもそう聞き取れるはずだ。
料理が好きな彼女に、料理が食べられなくなった自分を見せたくない。
見せたくないと、ハッキリ言った。
彼自身は無意識の言葉だったのだろう。
私に指摘されて、ハッと気づいたように目を見開く。
「僕は……」
きっと最初は違ったのだと思う。
純粋に心配させたくないから、距離を置いたのかも。
今だって、システィーナさんに心配をかけまいという気持ちも嘘じゃないはずだ。
だけど言葉の奥、本音は怯えている。
嫌われたくないと思っているんだ。
システィーナさんにとって彼はとても大切な人で、自分の全てだと彼女は言った。
だったらその逆は?
聞くまでもない。
彼の行動が、今の表情が物語っている。
「システィーナさんにとって、ヘルフストさんはとても大切な人なんです。彼女が貴方のことを話してくれた時、とっても幸せそうでした。彼女とは今日会ったばかりですけど、彼女にとって貴方が特別だってことくらいわかります。ヘルフストさんは違うんですか?」
「……違わないさ。僕にとっても彼女は大切だよ」
返事に少しずつ力が宿る。
熱がこもる。
「彼女と出会って、彼女の料理に出会えて、毎日ワクワクするんだ。今日はどんな味だろう? 明日は何が出てくるのかって」
思い返すように。
目を瞑った瞼の裏には、これまでの思い出が映し出されているのだろうか。
「それに彼女が料理している姿は見ていて楽しい。あんなに楽しそうに料理をする人は他にいない。彼女の笑顔はとても綺麗で……」
あふれ出る言葉と一緒に感情が漏れ始める。
無気力に笑っていたさっきまでとは違う。
「僕は……彼女には笑顔でいてほしいんだ。今の僕を見せたら、彼女の笑顔を曇らせてしまう気がする。それが怖い」
今のがきっと、紛れもない本心なのだろう。
彼は自分の弱さをさらけ出した。
大切だからこそ、傷つけたくない。
自分の所為で彼女が悩み、苦しむのが怖いのだ。
それは誰もが思うことで、彼だけの特別な感情じゃない。
私だって、エアル君だって、みんな同じ。
好きな人に嫌われたくない。
大切な人を傷つけたくない。
自分の所為で苦しむくらいなら、いっそ離れたほうが楽だ。
だけど……
「離れたって悲しいだけです。辛い時ほど傍にいさせてほしい。大切な人が、誰かが一緒にいてくれるだけで良いんです。システィーナさんだって、きっとそう言うと思います」
私にはわかる。
彼女も私と同じように、孤独を経験した人だから。
一人になって、手を差し伸べられた幸せを知っているから。
「でも僕は……」
「ヘルフストさんは会いたくないんですか?」
「そんなの……会いたいに決まってる。心配をかけたことを謝りたい。会って話したい。それから……それから、なんでも良いから話がしたい。他愛のない話でいいから」
声が聞きたい、そう続けた。
もう、これ以上言う必要はなさそうだ。
珍しく熱くなった私は、心臓がバクバク鼓動をうっていることに今さら気づく。
興奮が緊張に代わり、我に返っていく。
出過ぎた真似をしたと、謝ってしまいそうだ。
そんな私の肩を、エアル君がトンと叩く。
「よく言った」
そう言って貰えてホッとする。
私は笑顔で返した。






