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61.条件があります

 ヘルフストさんはポツリポツリと語った。

 異変が起きた日から、今日までの変化について。

 どうして彼が置手紙を残して失踪してしまったのか。

 その理由は理解できた。


 話を聞き終えた私とエアル君は二人で頭を捻る。


「味覚をなくす病気……か。ユリアは心当たりあるか?」

「そういう症状のでる病気はいくつか知っているよ」

「本当か?」

「うん。ただ、話を聞く限りだとどれも当てはまらない気がする」


 味覚障害が併発する病気は意外と多い。

 消化器官の問題だったり、口の中に何らかの異常が起こっていたり。

 ただしそれらは、明らかな原因があるもので、その原因さえなくなれば改善する。

 今回の例で言うなら、熱や倦怠感といった症状が治まった後も続いている点がひっかかった。


「吐き気は常にあるんですか?」

「いいや。食事をとったりしなければ平気だよ。あーでも、最近は空腹から吐き気を感じることもあるかな」

「そうだ! ヘルフストお前、食べられないのにどうしてるんだ? まさかずっと食べてないのか?」


 エアル君が心配そうな顔で尋ねると、ヘルフストさんはテーブルの上に置かれた小瓶に視線を向ける。

 見た目はポーションみたいだ。

 中身は透明な液体。

 ポーションは効果によって色が異なる。

 透明なのはただの水か、あるいは栄養補給の効果を持つ。

 ポーションというより栄養剤だ。


「食事はとってないよ。食べたら吐いてしまうし、水とか飲み物とかは大丈夫だけどね。だから栄養補給はこれを飲んでる」

「ポーションとはちょっと違うよ」


 ヘルフストさんより先に私が答えた。

 あれはポーションのように錬金する必要がない。

 薬を溶かすような要領で、生きるために必要な栄養素を注ぎ込んだだけだ。

 知識さえあれば素人でも作れるよ。

 もっとも錬金で作成したほうがより効率的に栄養が身体に溶け込むし、他の回復効果とかもセットに出来るから、そっちのほうが便利だけど。


「お医者さんが作ってくれたんですか?」

「ああ。薬は効かないから、せめて栄養補給だけはしろって」

「正しい判断だと思うぞ? 人間は食べなきゃ死ぬんだからな。特にお前は普段からよく食べてたし、よくあちこち動き回ってたから栄養もいるだろ。元から細かったが痩せたろ?」

「まぁね。十キロ近く減ったかな? 腕や足が細くなった気がするよ」


 食べられなくなってから、身体を動かす頻度も減ったそうだ。

 動かさなければ筋肉が衰える。

 食べなければ栄養もなくなり、より動けなくなる。

 彼が感じていた倦怠感の一部は、食事がとれなくなったことで身体が衰えたんだ。

 若さとは関係なく、人はあっという間に衰える。


「活発な人ほど風邪で寝込んだだけで身体が重くなるから。ヘルフストさんも同じだと思います」

「僕もそう思うよ。だから解消するには食べるしかないよね?」

「はい」


 ヘルフストさんの表情……理解しているんだ。

 栄養剤の効果も完璧じゃない。

 このままの状況が続けば、自分がどんどん衰えていくことに。

 衰えの果てはすなわち、命の終わり。

 人間の身体は食べた物で作られている。

 食べられなくなれば、今の身体を維持することも出来ないんだ。


「離れた理由はそれもあるんですか?」

「まぁね。自分の身体のことだ。自分が一番よくわかってる」

「おいヘルフスト、お前」

「そう怖い顔をしないでくれよ。僕だって別に諦めたわけじゃないさ。だからこうして君たちに助けを求めたんだよ」


 そう言って彼はエアル君と私のことを交互に見る。

 私たち、というより私の錬金術を頼りにしてくれている。

 弱々しくも期待を込めた視線から感じ取れる。

 頼ってくれることは素直に嬉しい。

 何とかしたいという気持ちもちゃんとある。


「迷惑をかけてすまないなエアル」

「俺はいいさ。お前がいないと秋風が困るだろ?」

「そうでもないよ。秋風のみんなは僕がいなくても基本大丈夫だ。だから気兼ねなく放浪出来ていたしね」

「そういえばそうだったな」


 二人の会話を聞きながら、私はモヤっとした気持ちを胸に抱く。

 このモヤモヤは何だろう?

 一緒に連想されるのは、辛い表情をしていたシスティーナさんだった。

 

 ああ、そっか。

 私今……苛立ってるんだ。


 談笑に近い二人の会話が一旦終わり、ヘルフストさんが私に視線を向ける。

 真剣な表情で、頭を下げながら言う。

 

「ユリアさん。初対面の君にこんなお願いをするなんて情けない思う。だけどすまない。どうか協力してくれないか?」

「……」

「ユリア?」

  

 頭を下げる彼を前にして、私はしばらく沈黙を続けた。

 エアル君が不思議そうな顔を見せる。

 ここはすぐに「はい」という場面だったのだろう。

 私だって普段ならそうする。

 助けたい、力になりたいという気持ちも嘘じゃない。


 だけど私は苛立っていた。

 彼の言葉に。


「わかりました」

「ありが――」

「でもそれには条件があります」

「え、条件?」


 顔を挙げたヘルフストさんはキョトンとした私を見上げる。

 エアル君も少し戸惑っている気がした。

 不自然に思われるだろうか。

 だとしても言いたい。

 言わないと苛立ちは治まらない。


 だから言おう。

 ハッキリと、声に怒りを乗せて。


「協力する前にまず、システィーナさんに会ってあげてください」

「――!」


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