58.灯台下暗し
行方不明の彼は病気かもしれない。
苦しんでいる様子が、彼女の脳裏に浮かんだのだろう。
焦りが表情に現れ、続けて行動に移る。
唐突に席を立ち、彼女は店を飛び出そうとした。
「システィーナさん!」
「今すぐヘルフ君を探しに行かないと!」
「お兄ちゃんが帰ってくるまで待とうよ!」
「ですが今頃ヘルフ君が……」
辛い思いをしているかもしれない。
だから居ても立ってもいられないと、身体が強引に動いてしまうのか。
彼女は私たちの制止を無視して再び歩き出そうとする。
「やっぱり探しに」
「一人で走り回っても見つからないよ。だから俺たちを待っていたんじゃなかったっけ?」
「お兄ちゃん!」
「エアル君」
そこへちょうど良いタイミングで、彼が帰ってきてくれた。
お陰でシスティーナさんは足を止める。
「悪いな二人とも。ちょっと手続きで手間取って遅れた」
「もう遅いよ~」
「だから悪いって。でもまぁ、いいタイミングだったか」
「エアルさん……」
道を塞ぐエアル君を、システィーナさんが見つめる。
彼女の表情から焦りが伝わったのか、エアル君は小さくため息を漏らす。
「心配なのはわかるけど落ち着いて。闇雲に探しても見つからない」
「ですが……」
「大丈夫。俺に考えがあるから」
「ほ、本当ですか!」
エアル君がそう言った途端、彼女は縋るように彼の顔に迫る。
目と目が近づき、顔が近づいたことで、互いの息すら感じ取れる距離まで。
一瞬、もやっとした気持ちになった気がして、胸がくすぶる。
「あるある! だから落ち着いて」
「教えてください! ヘルフ君はどこにいるんですか!」
「全然落ち着いてないな。言っておくけど場所がわかってるわけじゃないよ? 探す方法があるってだけで、それも今日じゃなくて明日からだ」
「な、どうしてです?」
今すぐに探してほしいと、彼女は目で訴える。
すると、エアル君は彼女の視線を誘導するようにゆっくりと、窓の外に目を向けた。
街中を春風の団員たちが歩いている。
荷物を運んだり、手続きの続きをしている様子もあった。
「見ての通り俺たちはさっき到着したばかりなんだ。人手を今すぐには回せないよ」
「あ、す、すみません……」
「わかってくれたら良い。システィーナさんだって疲れてるでしょ? 探すのは明日からしっかりやるから、今日は休んだほうが良いよ」
「……わかりました」
エアル君に説得され、システィーナさんは渋々納得した様子。
彼の言っていることは正しくて、その通りだった。
だけど少し違和感を感じたのは、いつも優しい彼にしてはそっけないというか。
冷たさが感じられたから。
なんだかエアル君らしくないな……
そう思ったのは私だけじゃなかったようで。
隣にいたレンテちゃんが、私にしか聞こえない声量でぼそりと呟く。
「お兄ちゃん……なんかいつも違う」
彼女がそう思うなら、きっとそうなのだろう。
理由はわからないまま、その場は話が流れてしまった。
ただ、お店を出て行く時、システィーナさんとレンテちゃんが私から離れたタイミングを見計らって、エアル君は一言。
「今夜、日付が変わる前に俺の部屋に来てくれ」
「え?」
意味深なセリフだけ残していった。
夜に自分の部屋にきてほしいなんて、文脈通り受け取ったらそういう意味なのかと思ってしまう。
だけどそうじゃないことは、エアル君の表情から察せられた。
何か内緒の話でもあるのだろう。
時間は過ぎて。
システィーナさんも春風と同じ宿を取り、しばらく行動を共にすることに。
それ以外は特に大きな変化はなく夜を迎える。
宿屋の廊下を歩く私は一人、彼の部屋を探していた。
「えっと、エアル君の部屋、エアル君の部屋……ここだ」
部屋の前にたどり着く。
扉をノックしようとして、不意に緊張してきて手が止まる。
深夜に男の人の部屋を尋ねるなんて……そうじゃないとわかっていても、違った想像をしてしまう自分がいる。
変な気が起こらないようにと思って、私は自分の頬を軽くパンパンと叩く。
「よし!」
「部屋に入るだけで、そんなに勇気がいることだったか?」
「え、あ……」
開けようと思って手を伸ばした扉は、いつの間にか開いていて。
エアル君は微妙な表情で私を見ていた。
「き、気づいてたなら言ってよ!」
「すまん。扉の前に気配を感じたから気付いてたんだけど、全然入ってこないからつい……」
は、恥ずかしい。
扉の前で葛藤していたのが見られていたの?
いつから?
口に漏れたりしてなかったよね?
「と、とにかく来てくれてありがとう。それで悪いんだけど、すぐに出発するよ」
「え、出発ってどこに?」
「ヘルフストのところだよ」
「――えぇ!? 見つか――うぅ!」
思わず大声を出しかけた私に、エアル君は慌てて手を伸ばす。
咄嗟にエアル君が私の口を押えて、そのまま部屋の中へ連れ込む。
「声が大きいって! みんなにはバレたくないんだ」
「あ、ご、ごめんなさい」
そうだよね。
だからこっそり私に伝えたわけだし。
驚きすぎて彼の配慮を無駄にしてしまうところだった。
「見つかったの?」
「ああ、あいつはこの街にいるよ」
「ここに?」
「そう。で、今から会いに行くんだが、他の奴らに気付かれたくないから」
彼は話しながら、部屋の窓を豪快に開けた。
「ここから行くぞ」
「え、え?」
「待ってるだろうから急ぐぞ。ほらこっち」
「ちょっ、エアル君!?」
私が話す暇もなく、彼は私をお姫様みたいに抱きかかえて。
そのまま夜の街に。
「よっと」
飛び出した。