6.エアルとレンテ
ここからが短編の続きになります。
オレンジの髪が風でなびく。
さわやかな笑顔と一緒に、彼は手を差し伸べてくれた。
優しい手だ。
握らなくてもわかる。
言葉から、態度から発せられる雰囲気が、善性で満ちていたから。
早くその手を取ればいいのに、私は彼が発した単語のほうが気になってしまった。
「四風の……旅団?」
「ん? ああ、俺たちが経営してるーお店? みたいなものかな?」
彼は差し伸べていた手を引っ込め、周りを見渡す。
一つ一つ、栄えている屋台を見て頷く。
「もしかして……これ全部がそうなの?」
「正解! うちはいろんな街や国を渡り歩いて商売をしてるんだ。ここに並んでる屋台は全部、俺たち四風の旅団『春風』のものだよ」
「春風?」
「四風の旅団は四つの団で分かれているんです!」
そう教えてくれたのは、ポーションを売っていた赤髪の女の子。
彼の妹さんで、確か名前は……
「レンテです。さっきは助けて頂いてありがとうございました!」
彼女は丁寧にお辞儀をした。
見た目からして年齢は十二、三歳くらいだろうか。
子供なのにしっかりしている。
「気にしないでください。怪我が治ったなら良かったです」
「はい! 怪我だけじゃなくて身体のダルさもすっきりしました! すごく効き目の良いポーションでしたよね? きっと高価な物なのに私が使ってしまってすみません」
「いえいえ、あれはただのポーションですよ。材料もたぶん、そこに並んでいる物と同じですから」
私が視線で示したのは、彼女が売っていたポーションたち。
小瓶に入れられた空色の液体。
見た目は傷を治すタイプの回復ポーションだと思う。
私が持ち歩いていた物と同じだ。
「え、でもすごい効果でしたよ? 傷だけじゃなくて病気も治るくらい」
「それはそういう効果のポーションに作り変えたからです」
「作り変える?」
「さっきやってたことだよな? 気になったんだが、そんなことできるのか?」
彼女に続けて尋ねてきたのは兄のほうだった。
難しい顔をしながら空になったポーション瓶を見ている。
視線が合う。
ふと気づいた彼が、改まって挨拶をする。
「おっと悪い、挨拶がまだだったよな? 俺はエアル。四風の旅団『春風』の団長だ」
「団長さんなんですか? ってことはこの中で一番偉い人が……」
「そう、一応俺が管理者だよ」
そうだったんだ。
さっきの男性とのやりとりでなんとなく察していたけど。
改めて聞くと驚きだ。
見た目の年齢は、私より少し上か同じくらいに見える。
高くてもニ十歳くらいかな?
「君は?」
「え?」
「君の名前、そういえば聞いてなかったなって」
「ユリア……ロクターンです」
名前を名乗る時、家名を出すか少し迷った。
家名を持っているということは、つまり……
「君、貴族なのか?」
そういうことだから。
貴族と平民の隔たりは、どこの国でも大きい物だ。
平民を見下している貴族が多いことに原因があって、平民から嫌われていることが多い。
だから、守られていない場所で名乗ることは危険ですらある。
あるのだけど……どうしてかな?
彼らには、話しても良い気がしたんだ。
そんな雰囲気を感じた。
「貴族……でした。もうずっと前になくなりましたけどね」
「そうなのか。なんか複雑な事情がありそうだな」
「はい」
「まぁいいや。それでさっきの話なんだけど」
聞かないんだ、家のこと。
てっきり聞かれると思っていたのに。
「ポーションの効果ってすぐに変えられるものなのか?」
「あ、はい。元になっている素材が同じなら、錬成陣を変えたら別の物に作り変えられますよ」
「へぇ~ それは初めて聞いたな。レンテは知ってたか?」
「ううん。私も初めて聞いたよ」
二人とも初めてのことらしく、不思議そうに私を見ている。
別に特別なことはしてないと思うけど。
構成する材料が同じなら、錬成陣の違いで作れる物を変えられる。
素材と完成品、錬成陣の理解さえ完璧なら誰でも出来ると思うけどな。
あまりにじっと見つめられるから、少し恥ずかしい。
「え、えっと、私はこれで失礼するので」
「あー待ってくれ。さっきも言っただろ? お礼がしたいんだ」
「別に大丈夫です。当たり前のことをしただけですから」
「当たり前……か」
そう呟くと、彼は小さく笑った。
「見ず知らずの人を助けに入って、貴重なポーションまで迷いなく使う。それを当たり前と言える時点で、君は特別だと思うよ」
「え……」
特別?
私が……そう言っているの?
「尚のことお礼がしたい! 身内を助けられたのに何のお礼もなく返すなんて、旅団長として以上に男として恥だからな! それにー」
ぐぅ~
と、タイミングよくお腹が鳴る。
彼はわかっていたみたいにクスリと笑う。
「お腹は正直みたいだぞ?」
「うっ……」
「飯ぐらい奢らせてくれ。図々しくてもそれくらいしたいんだ」
彼は手を差し出す。
一度はひっこめた優しい手を、もう一度私に向けてくれる。
「それにせっかく出会えたんだ。旅をしている俺たちにとって出会いは一期一会。出来れば大切にしたいんだよ」
「出会い……」
そう、私たちは出会った。
ただ通り過ぎるだけの人混みで、目と目を合わせて話している。
互いを見つめている。
関わってしまったなら――
「……じゃあ、はい」
もう、その手を取れば良い。