57.心当たりは?
語られた出会いの話。
システィーナさんと秋風の団長さんが出会った日の出来事を聞き終える。
話し終わった彼女は満足そうに、懐かしむように目を瞑る。
瞼の裏にきっと、当時の光景が映し出されているに違いない。
「素敵なお話ですね」
「そう思って頂けますか?」
「はい。とっても素敵で、とても温かいお話だと思います」
「私もそう思いますよ!」
私には特にそう感じられる。
前からエアル君に言われていた。
彼女と私は境遇が似ていると。
その意味がよくわかったし、彼女の気持ちもわかるような気がする。
「ありがとう。もし良かったら、貴女のお話も聞かせてもらえないかしら? 似てるかもって、聞いていたから」
「はい。もちろん」
彼女の話を聞かせてもらったんだ。
教えてもらったお返しに、私も自分のことを話すくらいするべきだ。
あまり良い話じゃないから、積極的に話したいとは思わないけど。
いや、そうでもないのか。
確かに最初は悲しくて、やるせない出来事からのスタートだったけれど、そのお陰で私は出会えたんだ。
心から一緒にいたいと思える人たちに、そういう居場所に。
そう思うとさして悪い話でもない。
なら、語る時は落ち込まず、揚々と語ってみよう。
今はまだ難しくても、いつか笑い話になる日が来ると思うから。
私は語った。
生まれ育った場所と、その別れ。
出会いと旅立ちまで。
システィーナさんは最後まで静かに、何度も頷きながら聞いていた。
「そうですか。確かに私たちは似ていますね」
「そう思います。でも」
「ええ、似ているけど違いますね」
「はい」
私たちの境遇は似ていて、でも違っている。
少なくとも同じじゃない。
私が経験した出来事や思いは、私だけの物。
彼女が歩いてきた道のりは、彼女が選んで彼女だけが知っている道のり。
決して同じではなくて、私たちだけの物だから。
そういう物だから、それで良い。
元々競うようなことじゃないし。
「私たちは運が良いですね」
「そう思います」
今はただ、お互いに幸せな出会いが出来たことを祝福し合うだけ。
しみじみと過去を思い出し、今の幸せを噛みしめながら話がひと段落する。
エアル君はまだ戻ってきていない。
席から見える窓の外にも姿はないから、きっと忙しくしているのだろう。
数秒の沈黙を挟んで、レンテちゃんが頬杖をついて呟く。
「ヘルフストさん、どこに行っちゃったのかな~」
彼女の呟きで、システィーナさんは暗い表情を見せる。
互いの身の上話に花を咲かせて盛り上がり、少しは気も紛れていたとは言え、問題はまったく解消していない。
いやむしろ、大切な相手だと思い出すことで、より心配は増したかも。
今さら気を紛らわせても仕方がないし、エアル君もまだ戻らない。
だったらせめて情報を集めたほうが良いだろう。
そう思った私は、思い切って彼女に質問していくことにする。
「あの、前からよく一人で外出することはあったんですよね? その、ヘルフストさんは」
「ええ、そうですよ。放浪癖、とまではいきませんが、よくふらりと出かけていました」
放浪癖と聞くとファスルさんがふと思い浮かぶ。
聞く限りあの人は間違いなく放浪癖があったみたいだけど。
旅団の団長さんってみんなそうなのかな?
エアル君も実はそうだったり……さすがにないか。
「その時は戻ってきてるんですよね?」
「はい。期間も数日とか短いですし、行くときは私に声をかけてくれるんです。ニ三日留守にするけど気にするなって。でも今回はそうじゃなくて……」
「置手紙があったと」
彼女はこくりと頷く。
改めて残された置手紙をテーブルの上で開き、私たちは視線を向ける。
短い文章だ。
特に大きな文字で書かれている最後の一文を、私は声に出して読む。
「探さないでほしい……」
この一文だけでも、彼の身に何かよくないことが起こったと予想できる。
「何かきっかけとはありませんでしたか? 近い出来事で違和感があったりとか、悩んでいる様子とか」
「違和感……そういえば、最近食事の量が減っていたような」
「食事の量が?」
「ええ。ヘルフ君は食べるのが大好きで、美味しい物に目がないんです。どこかへ出かけるのも新しい味を探すためだったりしますから。だから彼にとって食事は何より大事だし、生きる糧なんです」
忙しい時でも食事は欠かさない。
細い身体のどこに入るのかと思うくらい、たくさん食べる人だったそうだ。
そんな人が食事の量を減らしていたという。
一日三食しっかり食べていたのに、最近は二食に減っていた。
「私も心配になって、何度か聞いてみたんです。どこか調子でも悪いのかと。でも彼は笑って、今は四風会議もあって忙しい時期だから、終わったらたらふく食べるよ、と。普段通りだったし、顔色も悪くなかったので、本当に忙しいだけかと思っていましたけど」
今となっては予兆だったのかもしれない。
そう続けたシスティーナさんは、近い記憶を思い返す。
食欲が減退して、食べられなくなる。
病気の中にはそういう症状を見せる物もあるから、もしかしてヘルフストさんも……
だとしたら早く見つけないと。
そう思ったのは私だけじゃなくて、システィーナさんも焦ったような表情を見せた。