56.秋の出会い
ちょうど朝日が昇りかけて、東の空が明るくなった頃。
屋敷を飛び出した私は、王都の隣にある街に向かうことにした。
これから何をするにしても、まずはお金を用意しないと生活できない。
物を売ってお金にする。
それで後は……
「あとは、何すれば良いのかな?」
勢いで飛び出してきたものの、これからのことは何も考えていなかった。
プランなし。
私に出来ることは料理だから、それを活かせる仕事を探す?
ありそうだけど、身元も不確かな私を雇ってくれる所なんてあるのかな?
そもそも働くって……私に出来るのかな。
急激に不安が押し寄せてくる。
と、同じタイミングでお腹が空いてきて……
ぐぅ~
お腹の虫が大きく鳴った。
のだけど、私からじゃなかった。
「え? 今の音……」
聞こえてきたのは道端の草むらの奥だった。
恐る恐る覗き込んでみると、そこにはなんと――
「うぅ……」
茶色い髪の男の子が倒れていた。
「え、えぇ!? どうしてこんな所に人が……」
「……」
どうやら意識はあるみたいだ。
その人は蹲ったまま苦しそうな顔をしている。
初対面の知らない人だけど、見つけてしまった以上放ってもおけない。
私は小さな声で囁きかけるように声をかける。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
「……た」
「た?」
助けて?
「た、食べ物下さい」
「……」
ぐぅ~
二度目の空腹音が響く。
どうやら彼は、お腹が空きすぎて倒れてしまったようだ。
私は呆れながら、カバンの中からお弁当を取り出す。
「……お弁当、食べますか?」
◇◇◇
「美味い! 美味いよこれ!」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
私のお弁当を彼は美味しそうに頬張っていた。
美味しいと言ってくれることは嬉しいのに、状況が微妙だから素直に喜べない。
自分ために作っておいたお弁当を、まさか見知らぬ行き倒れの男の人にあげるなんて。
家出して早々よくわからない状況に陥ったな。
「このお弁当って君が作ったの?」
「は、はい」
「全部?」
「そうです……けど」
私がそう答えると、彼は目をキラキラと輝かせた。
「凄いね君! 僕が今まで会ってきた中で五本の指に入る料理人だよ!」
「そ、そうですか」
ものすごく褒めてもらっている。
彼はパクパクとお弁当を食べながら、徐々に元気を取り戻していった。
「いやー助かったよ! 新しいグルメを探して放浪してたら道に迷っちゃってさ~ 空腹で野垂れ死ぬところだったよ」
「は、はぁ……旅の人、なんですか?」
「ん、ちょっと違うかな? 一応グルメ探しも仕事の一環だし。そういえば自己紹介がまだだったね? 僕はヘルフスト、君は?」
「私はシスティーナです」
互いに自己紹介をした後、ヘルフスト君はお弁当を綺麗に食べ終わった。
最後に手を合わせて挨拶の言葉を口にする。
「ご馳走様でした! 命の危険を感じたけど、君みたいな料理人に出会えたのは幸福だったね! なんというか、みんなに愛される味だったよ」
「みんなに……」
「あれ? 何か変なこと言った?」
彼は褒めてくれているのだろう。
だけど私は、みんなと言われて否定したくなった。
「そんなことないです。私の料理は……貧乏臭くて食べられないと言われましたから」
「え、どういうこと?」
不意に出てしまった本音に後から気付く。
ハッとして私は首を振り、誤魔化す様に笑顔を作る。
「なんでもありません。それじゃ私はこれで――」
「待った」
立ち去ろうとした。
そんな私の手を、彼は握って引き留めた。
「何か悩みがあるんだよね? 良ければ聞かせてもらえないかな?」
「……でも」
「僕はこれでも義理堅い男なんだよ? 受けた恩は三倍にして返せって言うのが、うちのボスから言われてることなんだ。だからお弁当の分、何か力になりたいんだ」
「……楽しい話じゃありませんよ?」
「だからこそ聞くんだよ」
「変な人ですね」
私は彼に、今日までの出来事を話して聞かせた。
別に、何かしてもらえると期待したわけじゃない。
ただなんとなく、誰かに聞いてもらえば気持ちが楽になるかなって。
そう思っただけだ。
「なるほどね、酷い話だな~ ゴボウだって立派な野菜なのにさ」
「そうですよ。でも彼には分ってもらえませんでした。こんな根っこなんて食べられないって」
「まぁ見た目はよくないからね? それに貴族を相手にするなら、確かに食材としては合ってないよ。いや、素材というより君の料理がね」
「え……」
彼は私が作ったお弁当、その箱を指さす。
「君の料理はとても美味しかった。味も良いし、とっても食べやすい。万人に愛される料理って感じだ。だけどそれは、一部の人間には好かれない。特に貴族とかにはね」
「……そうですね」
私の料理が合っていないのは、もうわかっている。
今さら言われなくても。
「料理は食べる人のためにある。だから相手との相性も結構大事なんだ。料理人なら相手が求める料理を出さないとね」
「それは……私が悪かったといいたいんですか?」
「違う違う。悪かったのは料理でも君でもなくて、それを振る舞った環境だ」
「環境?」
何の話をしているのか、まだわからなかった。
環境が悪い?
それは屋敷がよくないってこと?
私はわからないまま彼の話に耳を傾ける。
「君の料理は大衆の味だ。それが活きる環境で提供してこそ、みんなが美味しさを共有できる。逆に高級なレストランで出しても場違いなんだ」
「場違い……じゃあ料理を変えればいいんですか?」
「それも違うよ。だって君は、今ある料理が好きでやっているんだろ? だったら辞めなくて良い。無理に変わらなくて良い。それに合った環境を見つければ良いんだ」
そう言って、彼は私の正面に立った。
「システィーナさん、僕から一つ提案がある」
「提案……ですか?」
「うん! 君の料理人としての腕を、僕に貸してくれないかな?」
一瞬、懐かしさを感じる。
彼のことを私は知らない。
短い時間で打ち解けられたのも、彼から感じる雰囲気のお陰だと気づく。
彼は……お母様に似ていた。
「うちの旅団で働かない? 料理人として」
「旅団?」
「そう。風と共に各地を巡る旅の一団……僕たち『秋風』においでよ」
それが私と彼の出会い。
運命の出会い。
お母様との約束を果たし、私とみんなが幸せになれる居場所。
私にとって『秋風』は、そういう場所になる。
これから。