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55.決意の時

「どういうことだシスティーナ!」


 屋敷でお父様に呼び出された私は、地響きがなるような怒声を浴びせられた。

 お父様が怒っている理由は明らかだ。

 

「セドリック殿が婚約を破棄したいといった理由! それが君の料理にあるというじゃないか!」

「それは……」


 事実ではある。

 だけど、最初に料理が食べたいと言ったのは彼のほうだ。

 会話の中で私が料理を得意としている話をしたら、それなら是非食べてみたいと言ったんだ。

 だから私はお弁当を作った。

 メニューもお任せられて、得意な料理を出来るだけ詰めて。

 その結果が……


「あれほど言っただろう? もう料理はするなと!」

「それは!」


 お父様が料理を嫌う理由は知っている。

 亡くなってしまったお母様を思い出してしまうから。

 それを知っているから私も、お父様の見える場所で料理はしなくなった。

 お父様も陰で私が料理を続けていることは知っていたと思う。

 何も言って来なかったのは私のことを尊重してくれたからなのだろう。

 だけどそれも、今日が最後になりそうだ。


「いいかシスティーナ。金輪際料理はしないでくれ。これ以上……私を困らせるな」

「お父様……」

「お前は私の言うことに従っていれば良いんだ! 余計なことはするな!」

「……はい」


 この場では頷くしかない。

 お父様の怒りに満ちた視線を前に、否定なんて出来ない。

 それでも私の本心は、料理をやめたくなかった。

 なぜなら……


 約束したんだ。

 お母様と。

 

 散々怒られた私は、部屋で一人きりになって考えた。

 真っ暗な部屋のベッドで横になり、殺風景な天井を見上げる。


「お母様……」


 貴女が病気で亡くなられて、お父様は変わってしまいました。

 昔から厳しい人だったけど優しさはあって、私たちのこともちゃんと見てくれていた。

 それが今は……家柄や地位のことばかり考えている。

 貴族らしさに固執して、私の料理も食べてくれなくなってしまった。

 きっとお母様と一緒に、優しいお父様もいなくなってしまったのね。


「お母様……ここままだと私、約束を守れそうにありません」


 お母様が病気で亡くなってしまう前。

 私は約束をした。

 たとえ一人になっても、お母様がいなくなっても、料理の楽しさを忘れないで。

 料理を食べてもらったその人に、美味しいと思ってもらいたい。

 その優しい気持ちを失わないで……と。

 

 私はお母様が大好きだった。

 料理をするお母様の姿を見て育った。

 一緒に料理をしていたら、私も料理が大好きになった。

 ご飯を食べると幸せな気持ちになれる。

 満腹になったらもういらないと思っても、次の日にはまた食べたいと思えるんだ。

 毎日が満腹なら、それだけ幸せが続いてく。

 私の幸せをみんなに分けてあげたい。

 幸せの輪が広がって、大きくなって、いつか天国にいるお母様にも届いたら。


「私……まだお料理をやめたくない」


 お父様に怒られても、セドリック様に見放されても。

 私は料理をやめたいとは思わない。

 だって料理だけが、私と天国のお母様を繋ぐものだから。

 何より私が心からやりたいことなんだ。


 でもこのままじゃ、私は料理が出来なくなってしまう。

 貴族のお嬢様らしく振舞って、お淑やかに生きて。

 また誰かの婚約者になって幸せな日々を送る?

 そんなこと、私は望んでいないのに。


「お父様にお願い……しても無駄だわ」


 きっとさらに怒られるだけだ。

 今度こそ勘当されてしまうかもしれない。

 貴族の中には不出来な子供を追い出して、外から養子を貰う人もいるという。

 今のお父様ならそういうこともしかねない。

 そんな危うさが、怖さがある。



 三日後、その予想は的中してしまう。

 偶然だった。

 私はうっかり聞いてしまったんだ。


 私を王都の伯爵様の所に、側室として嫁がせる話を。


 王都では有名な貴族らしい。

 お父様は私を嫁がせることで、その貴族と良好な関係を築こうと考えていた。

 すべては家名を守り、大きくするために。

 娘である私を利用しようとしていたんだ。


「そんな……お父様が……」


 最初は信じたくなかった。

 だけど信じられないわけじゃなかった。

 今のお父様ならやりかねないと、最初から気付いていたから。

 セドリック様に婚約を破棄された話は、すでに貴族たちの中で広まっている。

 彼も有力貴族の一人だったから、発言には強い影響力があった。

 故に確かな噂として広まっている。

 

 システィーナという女は、貴族の男に泥のついた木の根を食べさせようとした。


 脚色された噂の所為で、周囲が私を見る目が変わってしまった。

 当然家にも影響を与えてしまっていて。

 だからお父様は早々に手を打ったんだ。

 

 この屋敷を追い出され、見知らぬ屋敷に入れられたら最後。

 今度こそ自由に料理なんて出来なくなる。

 屋敷を追い出されたら……


「……違うわ」

 

 そう……そうよ!

 私は料理が辞められない。

 どうせ追い出されるかもしれないなら、自分から出て行けばいい!

 この屋敷に拘る必要は……もうない。

 見知らぬ誰かの、しかも側室になるつもりだってないんだ。


「今こそ決意の時ね」


 自分が何をしたいのか。

 何者でありたいのかを考えてみよう。

 答えは最初から決まっている。

 私がやりたいことは、あの日からずっと同じなんだ。

 料理を続けらるなら、私は貴族としての地位なんていらない。


 家出を決意した私は早々に動き始めた。

 こっそり厨房を借りてお弁当を拵え、動きやすそうな服をバッグに詰め込む。

 お金は家の物だから持っていけない。

 私が所有している物で、お金になりそうな物だけ持っていこう。

 あとは荷物になるから置いていく。

 一番大切なお母様が写っている写真をしまい込んで、朝になる前には準備が終わっていた。


「……あとは出発するだけ……ね」


 私は自分の部屋を見回す。

 十六年間過ごしてきた部屋には、思い出が詰まっている。

 未練がないか、と聞かれたら答えは「ある」だ。

 あるに決まってる。

 ここで私は生まれて、育ったんだから。

 それでも……


「いってきます」


 だからこそ、旅立つ覚悟を決めたんだ。

 自分自身を貫くために。

 誰かの言いなりになんかならない。

 口では行ってきますと言いながら、私の心は別の言葉を告げていた。


 さようなら。


 きっともう、私はここに戻ってくることはないのだろう。

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