53.秋風の料理人
彼女は手を振りながら駆け寄ってくる。
まっすぐ私が乗っている荷車の方向へ。
さっきレンテちゃんの名前を口にしたし、明らかに二人の知人だ。
エアル君が荷車を停める。
「システィーナさん? 本当にシスティーナさんなの?」
「はい! こんにちはレンテちゃん。今日もとても可愛いですね」
ニコリと上品に微笑むシスティーナさんは、続けてエアル君に視線を向ける。
「エアルさんもご無沙汰しております」
「ああ、久しぶり。でもシスティーナさんがどうしてここに? 他のみんなは?」
「旅団の皆さまは別の街でお仕事中です。ここには私一人で来ました。エアルさんたちを待っていたんです」
「俺たちを?」
彼女は「はい」と答えて頷く。
エアル君の反応を見る限り、それと話を聞く限り、イレギュラーなことのようだ。
数秒考え、エアル君がシスティーナさんに問う。
「急を要する案件?」
「はい」
「わかった。じゃあ場所を移そう」
「ありがとうございます」
二人の表情は真剣そのものだった。
私も二人の雰囲気に引っ張られて緊張してしまう。
それから私たちは荷車を移動させ、近くにあった茶屋に入った。
入国手続きを含むもろもろは、他の人たちに任せたようだ。
向かい合って席に座る。
話が始まりそうになる前に、私はエアル君に尋ねる。
「あ、あのさエアル君、私も着いてきてよかったの?」
「もちろん。ちょうど彼女を紹介しておきたかったし。それに君の力が必要になる話かもしれないからね」
「な、なるほど?」
そういうことなら同席する意味もあるのか。
と、思ったタイミングでシスティーナさんが口を開く。
「貴女が噂の錬金術師さん? 確かお名前は」
「あ、ユリアです」
「そうユリアさん。お話は伺っているわ。私はシスティーナ、秋風の料理人よ。聞いてるかもしれないけど、私も元は貴族の出身なの」
「は、はい。私も同じで。境遇が似てるって話を聞きました」
「そうね。確かに似ているわ」
彼女は話しながら目を伏せる。
過去を思い出すように。
「でもごめんなさい。今はゆっくりお話ししている時間がないの」
「は、はい。えっと……」
私はエアル君に視線を送る。
すると彼が話を繋ぐように、システィーナさんに問う。
「急の要件って言うのは? 貴女が一人で旅団を離れるなんて珍しい。何があったんです?」
「実は……私たちの団長が……ヘルフ君がいなくなってしまったんです!」
「え!?」
と、驚いたのはなぜか私だけだった。
エアル君もレンテちゃんも、特に驚いたりしていない。
団長さんが行方不明という話を聞いて、普段通りの反応……というよりむしろ呆れている?
「……それ、今に始まったことじゃないでしょ?」
「そうだね~ ヘルフストさんってよく一人でいなくなるし」
「だよな。いつも通り食の開拓ってやつじゃないのか?」
「違うんです! 今回はいつも通りじゃなくて、本当にいなくなってしまったんです!」
差し迫る表情のシスティーナさんに対して、二人は依然として落ち着いている。
秋風の団長さんって、どんな人なのだろう?
なんだか二人の反応が違い過ぎて想像がつかないや。
システィーナさんが一枚の手紙を取り出し、テーブルの上に置く。
「これを見てください」
「手紙?」
「はい。へルフ君が残していったものです」
中身を開く。
そこには短く、こう書かれていた。
団員諸君へ。
四風会議までには戻る。
だから探さないでほしい。
「いつもならふらっと出かけるか、一言行ってくるとだけ誰かに伝えます。今回が初めてなんです。ヘルフ君が置手紙を残すなんて」
「なるほどな。でもこれ、会議までには戻るって書いてあるぞ? 心配いらないんじゃないか?」
「他の皆さんも同じことを言っていました。でも私は……心配です。このままヘルフ君がいなくなってしまいそうで……」
暗く悲し気な表情を見せる。
心から心配していることが、初対面の私にも伝わってきた。
きっとそれだけ大切な人なのだろう。
一体どれだけ大切に思っているのかが気になって。
「大切なんですね。その人のこと」
勝手に口が動いていた。
私は言った後でハッとなり、慌てて口をふさぐ。
「ご、ごめんなさい! 二人の話に口を挟んでしまって」
「いいえ気にしないで。ユリアさんの言う通り、彼はとても大切な人よ。彼のお陰で今の私があると思える。私にとっての全てなの」
「全て……」
「ええ、全てよ」
そう言えるほど純粋な思い。
明確な言葉にしなくてもわかる。
彼女はその人のことが大切で、大好きなのだと。
「エアル君、私……」
「わかってるよ。俺たちも動いてみよう。ヘルフストにはいい加減、団員を置いて勝手に出歩くなって注意しないとな」
「ほ、本当ですか!」
「ああ。ユリアもそうしたいみたいだしな」
エアル君はそう言って私に微笑みかける。
自分だって最初から手伝うつもりでいた癖に。
困っている人がいたら放っておけない。
それが彼で、私たち四風の旅団なのだから。






