50.夏の風
両断されたクラーケン。
割れたポーション瓶から飛び散った凍結液が斬撃によって内部に浸透。
斬り裂かれた部分から凍結、破壊される。
さらに四方からの砲撃。
もはや逃げ道も対応も不可能。
それによってクラーケンは――
「おーし! 粉々だぜ」
全てが凍結し砕け散る。
文字通り、海の藻屑と化す。
散々海を支配し、人々を脅かした怪物は消滅した。
私たち人間の手によって。
「あぁーやっと終わったぜ~ 今回は結構かかっちまったな~」
「ファスル!」
「ん?」
リエータさんがファスルさんの名前を呼ぶ。
振り返った彼は彼女と顔を合わせる。
「ただいまリエータ。今戻ったぜ」
「バカね、ほんとあんたは……」
あっけらかんとした笑顔のファスルさんと、そんな彼にうっとりするリエータさん。
なんだか端から見ても良い雰囲気だ。
再会を喜び、二人で抱き合うみたいな流れを想像した。
リエータさんが距離を詰めるから、本当にそうするのかと思ったら……
「何やってたんだこのボケェ!」
「ぐへっ!」
飛び出したのはハグじゃなくて、豪快なドロップキックだった。
「い、いってぇなリエータ! なにしやがる!」
「戻ってきたら蹴飛ばしてやるって決めてたんだよ。あースッキリした! お前らもやっていいぞ」
「助けてやったじぇねーかよ!」
「アホかお前! そもそも最初からいたらピンチにすらならなかったんだよ!」
ワイワイがやがやと騒がしくなる。
激闘を終えて緊張が解れたのか、みんなどこか楽しそうだ。
と、かくいう私も身体から力が抜ける。
「ユリア?」
「あはははっ、緊張が解けて……」
「頑張ったもんな」
「うん」
頑張ったよ。
その自負はあって、彼がそう言ってくれると尚更自信がつく。
初めての戦場、私史上最大の大一番。
「勝ったんだね……私たち」
「ああ! 文句なしに俺たちの勝利だよ」
◇◇◇
両団滞在期間最終日。
ブラックアイランド号に船員たちが乗り込んでいく。
荷物の搬入も終えて、あとは出航するだけ。
「もう出発するんですね」
「ああ。次の街にお客さんを待たせてるんでね? 遅れるわけにはいかないのさ」
リエータさんたちが出発すると聞いて、私たちは見送りに来ていた。
彼女の隣には大団長のファスルさんも一緒だ。
「オレはもうちっと休憩してもいいって言ったんだけどな~ こんなバタついてんのに」
「うっさいわね。誰の所為で作業が遅れたと思ってるの? また蹴飛ばしてやろうか?」
「か、勘弁してくれ。あれ結構痛いんだぞ」
「痛くしてるんだから当然だろ?」
この二人の関係はなんというか、上司と部下には全然見えないな。
ファスルさんはとにかくマイペースな人で、戦いが終わってすぐ宴会をするといか言い出したり、街中に私のことを紹介して周ろうとしたり。
ただ二人のやりとりは見ていて飽きないな。
「つーわけ悪いなユリアちゃん。ホントはもっと話を聞きたかったんだが時間がないらしい」
「いえ、こうして挨拶が出来ただけでも良かったです」
「そうだな。まぁ話す機会は次にしよう! 半年に一回の定期集会もあるし、そこでじっくり聞かせてくれ」
「はい!」
定期集会?
元気よく返事はしたけど、聞きなれない単語が出て来たな。
あとでエアル君に聞いてみよう。
「レンテもすまんな。遊んでやるのはまた今度だ」
「うん! またねファスルさん! もう迷子になっちゃだめだよ?」
「おう」
元気になったレンテちゃんの頭を撫でている。
彼女は迷子なんて言うけど、実は知らない間に凄いことをしていたみたい。
クラーケンはこの街に来る前、一つ隣の街を襲おうとしていた。
それに気づいたファスルさんが戦って追い返したそうだ。
あんな怪物を一人で追い返すなんて、と思ったけど、実際の戦いぶりを見たらあり得そうだと納得してしまった。
本当に同じ人間とは思えない人だよ。
「団長ー、ボス―、そろそろ出航しましょー」
「あいよ! そんじゃまたな。そっちの男のことは任せるよ? そいつも結構無茶するバカだから」
「ちょっ、ボスと一緒にしないでくださいよ」
「おぉ? オレと一緒は嫌だって言うのか~」
ファスルさんはエアル君の髪をわしゃわしゃかき回す。
それに反抗して頭を退けたり、嫌そうな顔をしたり、父親にからかわれる子供みたい。
そうして二人とも船に乗り込む。
二人を最後に階段が折り畳まれ、帆が降ろされた。
「行くよお前ら! 出航だ!」
外からでも聞こえる澄んだ声で、リエータさんの号令が響く。
彼女の声は夏の日差しを浴びた暑い風に乗って、私たちの傍を吹き抜ける。
「夏風」
「ウチとはまた違った雰囲気だっただろ?」
「うん。なんだか風が踊ってるみたいだったよ」
「はははっ! その表現はピッタリかもしれないな」
船が出る。
青い海に黒い船が。
風に乗って新たな地へ。
夏の風を纏いながら、明日も明後日も踊り明かすように。
「じゃあなお前ら! 良い風を吹かせろよ!」
「ファスルさーん! リエータさーん! バイバーイ!」
船から見える手は小さくとも、声は大きく港に届く。
私たちは見送った。
夏の風が吹き抜ける様を。
「さてと、俺たちも出発するか」
「うん」
「出発だー!」
そして私たちも新たな地へ。
春風として、次の風を届けるために。
これにて第二章『夏風』は完結となります!
最後まで読んで頂いた方々に最上の感謝をお送りします。
第三章も随時開始していきますので、お待ちいただければ幸いです。
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