5.出会い
「なんだてめぇ? てめぇも――いっ!?」
メリメリメリ。
掴んだ腕が音を立てている。
彼は細腕で男の腕を握りつぶす勢いだった。
「やめろと言っただろ? これ以上やるなら、このままへし折るぞ?」
「っ、わ、わかった! わかったから離してくれ」
痛みに耐えかねた男が逃げるように後ずさる。
はれ上がった腕を見ながら、謝罪するのかと思ったら……
「てめぇ……」
「なんだ? まだやるなら相手になるぞ?」
「っ、なんなんだよ。お前には関係ないだろ!」
「あるにきまってるだろ? うちの団員……妹に手を出したんだ」
妹?
そうか、似ていると思ったのは彼女に。
それに団員って?
「四風の旅団『春風』は俺のホームで、ここに居る連中は俺の家族なんだよ」
「なっ、お前が旅団長のエアルなのか」
「ああ。だから言っただろ? 無関係なわけあるか」
「く、くそが……」
彼の名前を聞いた途端、男は悔しそうな顔をして去っていった。
なんだったのかわからない。
とりあえず助かった。
「はぁ……ありがとうな。助けてくれて」
「え? いえ私は……!?」
緊張が解れたからか、今さら気づく。
呆気にとられていたせいか、忘れてしまっていた。
彼女が怪我をしていることを。
加えて身体が熱い。
「はぁ、はぁ……」
「レンテ!」
彼も彼女の辛そうな表情に気付いたようだ。
レンテというのが彼女の名前らしい。
「どうした? 怪我痛むのか?」
「……違う」
「え?」
怪我は大したことない。
見た感じ、軽い打撲と出血で済んでいる。
苦しんでいる理由は別だ。
「きっと病気です。熱もある」
思えば最初から顔が赤かった。
あれは髪色の所為じゃなくて、熱っぽかったんだ。
「くそ! 気付かなかった。早く病院に――」
「大丈夫です」
幸いなことに一つだけ、ポーションの残りがある。
ただ傷を治すだけのポーションだけど、これに使用した材料なら、発熱を癒す効果に作り替えれば。
「お、おい何をしてるんだ?」
「少し待ってください」
私は懐から手袋を取り出した。
手袋の内側には錬成陣が描かれている。
取り出したポーションに手をかざし、錬金術を発動させた。
「君は……錬金術師だったのか?」
「はい」
「何をしてるんだ?」
「ポーションを一度分解して、作り変えています。ただこれだと傷は治せないので、清潔な布と水がほしいです」
打撲と擦り傷のほうは応急手当が必要だ。
彼も理解してくれてすぐに立ち上がる。
「わかった。それは俺がとってくる」
その間に私はポーションを作り変え、彼女に飲ませた。
解熱鎮痛効果のポーションだ。
症状的には風邪に近いし、これで一先ずは落ち着くだろう。
ポーションの良い所は、すぐに効果が現れることで、飲み干した直後に彼女の顔色が改善していく。
「ぅ……あれ? 身体が楽に……」
「良かった。ちゃんと効いてくれたみたいですね」
「レンテ! 元気になったか?」
「お兄ちゃん? えっと……」
彼女は私に目を向ける。
「彼女が助けてくれたんだよ」
「そうだったんですか? ありがとうございます!」
彼女は笑顔でお礼を口にした。
無邪気で太陽みたいな笑顔で、見ていてホッとする。
その所為か、一気に緊張がほぐれて。
ぐぅ~
大きくお腹の虫が騒ぎ出す。
「ご、ごめんなさい! 私はこれで」
「いや待ってくれ! 良かったらお礼をさせてくれないか?」
「え?」
「受けた恩は三倍にして返す! それが俺たち四風の旅団のモットーなんでね?」
そう言って彼も笑う。
妹さんと似て、太陽みたいに温かな笑顔だった。
これが私にとって運命の出会いになると、この時は知らなかった。
◇◇◇
王宮の一室。
ユリアが使っていた研究室に足を運ぶ二人。
ゼノン殿下とミーニャ。
「ようやくすっきりしたね?」
「ええ」
「手はず通り、ここにある物は君が使って良いよ。そのままにしてあるから、全部君の好きにすればいい」
「ありがとうございます」
残された研究データを見ながら、ミーニャはニヤリと笑う。
「最後の最後まで可哀想な人でしたね」
「ふふっ、君だってそう思っていないだろう?」
「ええもちろん、邪魔で仕方がありませんでしたから」
ゼノンにとっては利用しやすい駒。
ミーニャにとっては目障りな女。
彼女がいなくなったことは、二人にとって良いことだった。
「ですがよかったのですか? これで一人、宮廷錬金術師がいなくなってしまいましたよ」
「構わないさ。一人くらいなら補充も効く。使えそうならまた利用するまで」
「酷いお方」
「君のためでもあるんだよ?」
彼らが想像する未来は、どれも自分たちに都合が良いものばかり。
この先にあるのは幸福だと、信じて疑わない。
だが二人は知らない。
失った物の大きさを……
ユリア・ロクターンという錬金術師が、ただの天才では収まらないということを。
これからすぐに……知ることになるだろう。