48.決戦
決戦は早朝。
日の出前には準備を整え、ブラックアイランド号は出航する。
「お前ら覚悟はいいな! こっから先は命がけの航海だ!」
「いつものことですぜ姉御!」
「ああ! 海は俺たちの縄張りだってこと、イカ野郎に思い知らせてやるぜ!」
「威勢が良いねお前ら! そんじゃ出航だよ!」
歓声にも似た掛け声と共に、黒の巨大船は港を出る。
帆が風を受け、燃える燃料でプロペラが水をかき分ける。
向かう先は水平線の方角。
船の黒に染まるように、海は濃く深く漆黒へ変化していく。
「さーて、出発しちまったからには後戻りはできねぇな。勝てば生き、負ければ死ぬ。こっから戦場だ」
「わかってますよ、リエータさん」
「お前はそうだろうね。でも意外だな」
二人の視線が私に向けられる。
「ユリアちゃんは港に残っても良かったんだよ?」
「俺もそう言ったんですけどね」
「錬金術師の私が現場にいないと効果の確認もできませんから」
「って言って聞かないんだ」
やれやれと、エアル君は首を振る。
危険だから港にいてほしい。
エアル君や旅団のみんな、レンテちゃんにもそう言われたけど、私は船に乗ることを選んだ。
「私が言い出したことです。ちゃんと自分の目で確かめたい。それにもしもの時に私なら、新しい解決策を作り出せる。そうでしょ? エアル君」
「それを言われたら断れないよ」
「なるほどね。なぁエアル、この子あんた以上に頑固だな」
「俺は普通ですよ」
二人は普段通りに、穏やかに会話をする。
緊張感を残しながらもそれに呑まれないように。
私は緊張を顔に出さないようにするだけで精いっぱいだ。
「ったくよぉ~ こんな大事な時にあたしらの大将は何やってんのかね~」
「どうなんでしょうね。案外すぐ近くに来てたりして?」
「だったらさっさと手ー貸せってんだよ。あいつがいりゃもうちっと勝率もあがんのに」
「ですね」
二人は揃って同じ方角に目を向ける。
出航した港街。
見ているのはきっと街じゃなくて、どこかにいる大団長さん。
「まぁいない奴に文句言ってもしかたないや。全部終わったら蹴り飛ばしてやるよ」
「そうしましょう。俺たちは、俺たちに出来ることするだけだ」
「だな。そんで最後は――」
「姉御! 見えてきましたよ!」
一瞬で空気が変わる。
和やかさが消え失せ、鋭い眼光で先頭を見据える。
「来たか。いよいよ嫌な風の感じだね。ピリピリするよ」
「そうですね。黒い風が吹いているのが見える」
リエータさんは肌で、エアル君は目で感じる。
迫りくる災厄を。
悍ましく強大な敵の姿を。
今――姿を現す。
「あれが……クラーケン」
水面を突き抜けて現れた巨大なイカ。
纏う水が黒く変色している所為で、身体の白が際立つ。
何より大きさは圧巻だ。
水平線から昇った太陽をかき消すように、見上げるほど圧倒的な姿で私たちを見下ろす。
「呆気にとられてる暇はないよ! 総員配置につけ!」
凍りかけた空気を一蹴するように、リエータさんが指示を出す。
ブラックアイランド号は商船。
しかし海賊やモンスターと渡り合うため、船には武装が施されている。
「砲弾準備!」
船の側面に配置された十数台の砲台。
それらに特製の砲弾を詰め込み、狙いをクラーケンに定める。
「姉御! 準備完了です!」
「よーし! 一斉に撃てぇ!」
砲弾が発射される。
放たれた弾はクラーケンへ。
クラーケンは十本の足で払いのけようとする。
ただの砲弾なら簡単に防げるだろう。
仮に傷ついても再生すれば良い。
だけどこの砲弾は――
「私が作った特製ポーション入りだよ」
着弾と同時に凍結し、凍結した部分が粉々に砕け散る。
恐ろしい再生能力も原理は人間と同じ。
だったら細胞を凍らせてしまえば、その先を再生させられない。
私が作ったのは凍結ポーション。
凍った箇所は砲弾の威力で破壊され、削り取った部分の表面も凍る。
「よし!」
凍っている表面は再生できない。
クラーケンは再生しない足に動揺したのか、グネグネと足をうねらせる。
「このまま全部削り取っちまいな!」
「おー!」
団員たちの士気が高まっていく。
ポーションの効果が確認できて、勝機が見えてきた。
この一日半、素材を出来るだけかき集めて、可能な限りたくさん作ったから数は十分。
「こっちに近づかせるなよ!」
後はひたすら打ち込んで、クラーケンを船に近寄らせない。
攻撃より防御に専念させれば勝ちだ。
「ん? なんだ様子が……」
見えた勝ち筋に不穏な気配が漂う。
私たちの攻撃にタジタジだったクラーケンが突如、自分で自分の足を切り落とし始めた。
凍結した部分を切り離し、そうでない部分から再生を開始する。
「そうきたか」
「姉御どうしますか?」
「怯むな! 手数はこっちが押してるんだ! 全部砕くまで続けりゃそれで――」
立て続けの変化に気付く。
クラーケンの足から無数に、小さな足がビロビロと伸びる。
まるで触手みたいで気持ちが悪いそれが、砲弾の間を縫って船に迫る。
「あ、姉御!」
「うろたえるな馬鹿ども! こういう時のために――」
駆け抜ける炎の一閃。
暖かな風が私たちの横を吹き抜ける。
「俺がいるんだ」
「エアル君!」
無数の迫る小さな足を、エアル君の炎と剣が焼き切り裂いた。
彼は剣だけじゃなくて両脚にも炎を灯らせている。
「え、エアル君って飛べたの!?」
「ああ! 船は俺の剣が守る! ただ如何せん数が多いから」
「構うことはないよ!」
バンバン!
小さな爆発音が連続で響く。
音の元はリエータさんの手元の銃だ。
「残りはあたしらで撃ち落とす」
「頼みます」
二人の活躍でクラーケンの猛撃を防ぐ。
砲弾の攻撃もちゃんと効いていて、クラーケンは苦しそうにうねる。
自らの死から抗うように、クラーケンは大量の墨をまき散らす。






