44.海遊病
海遊病。
その名の由来は、最初に発症した子供たちが海で遊んでいたことから来ている。
彼らは浜辺で駆け回り、海に飛び込み泳いでいた。
すると、何の前触れもなく身体中に痛みが発する。
気付けば全身真っ赤になり、海の塩水が痛く染みる。
原因は未だに不明。
流行するタイミングや地域もバラバラ。
お医者さまや専門家たちが研究を進めているものの、今だ確定的な原因解明には至っていない。
街中では次々に発症者が苦しみ始めた。
前触れもなく発症して人々を襲う病に、みんなが怯えだす。
「痛いよぉーお母さん」
「だ、大丈夫よ。今すぐお医者さんの所へ連れて行ってあげるから!」
「外嫌だよ~ 風が、風が痛い」
「我慢して。お願いだから」
海遊病にかかると、全身の皮膚が真っ赤に炎症を起こす。
火傷した後の肌のように、空気に触れただけでびりっと痛みが走るんだ。
大人でも耐えがたい痛みに、子供たちは涙を流す。
「酷い……」
「こんなにも突発的に広がるのか」
街に出た私たちが目にした光景は、一言で表せばこの世の終わりのよう。
誰もが苦しみ、涙を流し、悲痛な叫びが聞こえる。
賑やかで楽しげだった港町は一変、地獄のような苦しみに支配される。
「ユリア、俺たちも手伝いに行こう」
「うん! まずは倒れてる人たちを安全な場所に運んで、それから――」
「団長!」
私の声を遮り、駆け寄ってきた一人がエアル君を呼び止める。
話したことはないけど春風の団員さんだ。
「どうした?」
「大変だ。レンテちゃんが……」
「なっ、まさか」
嫌な予想が脳裏をよぎる。
◇◇◇
「ぅ……痛いよぉお兄ちゃん」
「レンテ……」
レンテちゃんが突然苦しみだした。
息を切らしながら教えてくれた団員さんの言葉に、エアル君が血相を変えて走り出した。
エアル君の足の速さには追い付けなくて、私が宿屋に到着した頃にはもう症状が進んで全身が赤く腫れている。
苦しそうな声と、額からしたたり落ちる汗。
手を握って安心させたくても、触れただけで痛みが走るからできない。
エアル君の表情からは歯がゆさが伝わる。
レンテちゃんだけじゃない。
他の団員たちにも症状が現れ始めていた。
私たちは無事な団員を集めて緊急会議を開く。
宿屋のホールに集まった団員たちの間で議論が始まる。
「なぁ団長、さっさとこの街から出ようぜ」
「リエータさんの話通りなら、一度発症したら一月はその地域で流行り続けるんだろ? こんなところに留まってたらもっと増えるかもしれない」
「薬も効かないんでしょ? 移動すれば治まるならそうするべきよ」
団員たちの意見はほぼ同じ。
この街で流行しているなら、滞在期間を無視して出発すべきだと。
そうすることで発症が治まるなら。
だけどエアル君はみんなに言う。
「俺たちはそれで良い。でも残された街の人たちはどうだ? これから一月は苦しみ続ける」
「そ、それはそうだが……」
「夏風のみんなもそうだ。まだボスが戻ってない以上、彼女たちは船を出さない。いやそもそも、団員の半数が倒れた状態じゃ船を出すなんて無理だ」
「そいつは確かに……でもどうすんだ? このまま残るのかよ? それこそ病気のやつが増えるだけだぜ?」
団員たちの視線がエアル君に集まる。
どうすべきかの判断は、最終的には団長の彼が下す。
難しい判断だ。
どちらを選んでもスッキリしないし、苦しさが残る。
ただしそれは、この場に私がいなければの話だ。
「あの!」
私は手を挙げる。
同じ団員として、やれることがあると示すために。
「ユリア?」
「私のポーションならなんとか出来ると思います」
「ほ、本当かい?」
「病気を治せるのか?」
エアル君に集まっていた視線が全て、私に注がれる。
期待と切望の眼差しが胸に刺さる。
「治す……は難しいと思います。原因がわからない以上、完治はできません。ただ症状を抑えることは可能です! この病気が一時的で、一定期間を過ぎれば自然治癒するなら、その間の症状さえ抑えれば!」
「苦しまなくて……済む?」
「はい! 団員の皆さんも、街の人たちも!」
私たちがここに残ることで、その両方を助けることが出来るかもしれない。
だから残るべきだと、私はみんなに言う。
そして――
「エアル君!」
「……ああ」
後は彼の言葉一つで、みんなの意志は決まるはずだ。
私の言葉を後押しするように、彼は大きく息を吸って宣言する。
「目の前で困ってる奴を見捨てるな! 俺たちのボスなら絶対にそう言うだろう! ボスが帰ってきた時に胸張って威張る為にも、俺たちは逃げない。やれることをやろう」
「……そうだな」
「ああ、俺たちは四風の旅団なんだ」
みんなの表情にやる気が満ちていく。
勘違いしてはいけない。
ここにいる誰一人、困ってる人を見捨てられるほど酷い人間じゃないんだ。
助けられたから。
私と同じように、手を差し伸べられたことがあるから。
その手の温かさを知っている側として、今度は差し伸べられるように。
「ありがとな、ユリア」
「うん」
少しでも、一つでも、救われた思いに報いるために。






