42.神秘の海
船が停まっている港から西へ進むと砂浜がある。
白い砂のビーチは広く長く続いていて、観光地として賑わっていた。
この日も多くの人たちが遊びに訪れる中。
「よーし! 二人とも準備はいいね!」
私たち三人もその中にいた。
水着で駆け回る少年少女たちや、砂でお山を作っている子供たち。
そんな楽し気な人たちの波に紛れながら、私たちはビジネスのために訪れている。
ただしもちろん、格好はビーチに合わせて。
「こっから海岸沿いにいくと岩場があるんだ。そこから潜るから着いてきな」
暴力的なスタイルの良さ。
水着も派手で年上の綺麗なお姉さん的。
女の私でも目が行ってしまうのは……
「やっぱり大きいなぁ」
「何がだ?」
「な、なんでもないよ! 遅れないようについて行こう」
「ん? ああ」
私が見惚れていてどうするんだ!
逆にビックリなのはエアル君が平然としていることだ。
私の水着で照れていた初心な彼が、リエータさんの豪快でセクシーな水着を前にして平然としてるなんて。
「ね、ねぇエアル君、リエータさんの水着ってどう思う?」
「ん? どうって言われてもな」
エアル君はリエータさんの後ろ姿をじっと見つめ考えだす。
なぜか私がドキドキしてしまう。
「もう少し肌の露出は控えてほしいかな。リエータさんも別に若いわけじゃないんだから」
「……ああ、そういうこと」
なるほど。
彼もレンテちゃんと同じで、リエータさんを親代わりに思っているんだ。
視線が完全に子供が親を見る目になっている。
だから緊張も意識もしてないんだね。
た、ただ一言だけ……
「エアル君」
「なんだ?」
「リエータさんに若くないとか言っちゃ駄目だよ?」
「お、おう。すまん」
きっと怒られると思うよ。
リエータさんの性格なら特にね。
「おい二人とも、さっさと来ないと置いてくぞ~」
「は、はい!」
「行こうユリア」
「うん」
私は砂浜を駆ける。
砂の上は思ったよりも歩きにくかった。
駆けて揺れる度に、肩からかけたカバンが揺れる。
中身のポーション瓶同士がぶつかり合って、高い音が響く。
急ぎ足で到着した岩場は、砂浜の白とは対極の黒色をしていた。
岩が水に濡れて黒っぽく見えている。
波打つたびに水しぶきが舞って、岩から離れていても少しだけかかって冷たい。
「そんじゃ行くよ! ポーションくれるかい?」
「はい」
私はカバンからポーションを取り出し、二本をリエータさんに手渡した。
「俺にもくれるか?」
「うん」
続けてエアル君にも。
残った二本を取り出して、空になったバッグを邪魔にならないよう岩陰に隠す。
効果の説明はすでにしてあるから、後は飲んで潜るだけだ。
リエータさんが最後の確認をしてくる。
「同時に飲めばいいんだよね?」
「はい」
「よし。じゃあ頂きます」
ごくり、と豪快に飲み干す。
続けて私とエアル君も二本まとめて飲み込んで、身体にポーションの効果が宿ったことを感じる。
感覚的にはちょっぴり熱を感じた程度だ。
「これで水の中で呼吸できるのかい?」
「はい」
「へぇ~ まだ実感ないけど、入ってみればわかるか。じゃあ行くよ!」
そう言ってリエータさんが駆け出す。
砂浜から岩へ飛び移り、そこから沖側の岩へと移っていく。
軽快に、何の迷いなく。
「ほいっと!」
「飛び込んだ!」
「相変わらず躊躇ないな~ 俺たちも遅れないように行こうか」
「う、うん」
エアル君がリエータさんの後に続こうとした。
私も遅れないようについていく。
飛び移ったりは出来ないから、地道に登って落っこちないように。
彼にも手伝ってもらいながら。
「この辺りからでいいかな」
「……」
「ユリア?」
「い、今更だけど私……ちゃんと泳いだことないんだよね」
本当に今更だと思うけど、泳ぐ機会なんて今までなかったから。
私は自分が泳げるのか、泳げないのかも知らない。
なんとなく勢いでここまで来ておいて、急に不安になってきた。
「怖いか? 無理ならやめても良いんだぞ」
「で、でも自分で効果は確かめないと。リエータさんも先に行っちゃったし」
「だったら俺が手を繋いでやるよ。ほら」
「え?」
エアル君が右手を差し出す。
「俺は泳げるからさ。手を繋いでれば多少安心できないか?」
「……うん」
エアル君の優しさに引き込まれて、私は彼の手を取る。
まったく私は単純だ。
彼の手を握っているだけで、さっきまでの不安が嘘みたいに消えていく。
優しくて頼りになるエアル君の手は、いつだって私に勇気をくれるんだ。
「それじゃ行くぞ!」
「うん!」
せーの、と掛け声を合わせて海へ。
バシャンと水しぶきが舞って、空気の泡が視界を遮る。
咄嗟に目を瞑ってしまった私は、ゆっくりとその眼を開けた。
海の中。
外の光が水面を照らし、真下には美しいサンゴ礁。
まさに神秘の世界。
地上とは隔絶された新しい空間。
これが……海!
声には出せない。
言葉にならない感動を、私は表情で彼に伝える。
するとエアル君もニコリと笑ってくれた。
ポーションの効果実験という名目で訪れた海の中。
気付けばそんなことは忘れて、ただ楽しく神秘の世界を堪能していた。