4.すべてを失って
王座の間。
陛下が謁見の際に用いる豪華な部屋。
赤いカーペットの先に玉座があって、陛下はそこに座している。
四十代後半の男性で、髭が厳格さを醸し出す。
雰囲気だけで、この国の王様なんだとハッキリ伝わる。
「来たか? 宮廷錬金術師ユリア・ロクターン」
「はい」
私は膝をつき、頭を下げる。
すると陛下は淡々と語り始める。
「宮廷付きとは、選ばれし者たち。才能は当然、努力を欠かさず、わが国のために貢献することこそが使命。なればこそ、それ相応の待遇を与えている……が、君には失望した」
「失……望?」
「わからぬか? 君は宮廷付きでありながら、私の期待を裏切ったのだ」
予想していた内容と違う。
なぜか私に対して怒っているように聞こえる。
いや、怒っているんだ実際に。
なぜ?
その答えは、陛下の隣に立つ彼の姿を見て理解した。
「殿下」
「ゼノンから聞いたぞ? 君は同僚の研究成果を盗み、自分の手柄にしようとしたそうじゃないか?」
「なっ……そんなことはしていません!」
「ほう? ならば君は、ゼノンが嘘をついたというのかね?」
陛下の鋭い視線が突き刺さるようだ。
どうやらゼノン殿下に嘘の情報を教えられてしまったらしい。
私が動くより先に、今朝のうちに。
息子の言葉を信じている陛下には、私の声は届かない。
それでも私は言い返す。
感情が高ぶって、悔しさが前面に出てしまった。
「成果を盗んでいたのは殿下たちのほうです! 私の成果を殿下が盗み、ミーニャさんに渡していたから! だから私よりも先に――」
「ふざけるな!」
それが良くなかった。
陛下の前だというのに堂々と、殿下のことを悪く言ってしまったから。
「この期に及んで嘘を並べるか! 救いようがない……今すぐこの者を叩き出せ!」
「はっ!」
「ま、待ってください!」
もはや何も届かない。
騎士たちに両腕を掴まれ、無理やり王座の間を追い出される。
抵抗しても意味はないけど、私はなんとか弁解したかった。
言葉を並べて、真実を口にして。
けれど、誰も信じない。
私の言葉なんて、聞いてすらもらえない。
結局私は……貴族の肩書を失った時から、何も変わっていないんだ。
◇◇◇
王宮を追い出されて三日。
私は一人、行く当てもなく彷徨っていた。
陛下から言い渡されたのは、王宮及び王都からの追放。
金輪際立ち入ることは許されない。
もしも破れば、罪人としてその場で処理される。
ほとんど無一文で追い出されてしまった私は、王都の次に栄えているサエカルという街にたどり着いた。
別に目指していたわけじゃない。
適当に歩いてたら、なんとなく到着しただけ。
「これから……どうしよう……」
何も考えていない。
何も考えられない。
積み上げてきた物は、たった一日で失ってしまった。
今の私に残っている物はなんだろう?
空っぽになった私に価値なんてあるのだろうか?
これでどうやって、幸せになれるというの?
ああ、わからない。
もう何も……
「いらっしゃいませー! 新作入荷してますよ!」
悲嘆にくれる私の声をかきけすように、周囲から客引きの声が飛び交う。
なんだか妙に賑やかだ。
ここは以前にも訪れたことがあるけど、前はもっと静かだったような……
よく見ると露店が多い。
なにか催しがあるのだろうか?
「……関係ないか」
どれだけ賑わっていようと、私には関係のないことだ。
お金もないし、このままだと餓死する。
そんな危機感すら薄れて、もうどうでもよく感じてしまっていた。
「おいおい、なんだよこの値段! 高すぎんじゃねーのか?」
「いえ、この値段で適切です。むしろ安い方ですよ?」
「ふざげんじぇねーぞ! こんな高いわけねーだろうがぁ!」
立ち去ろうとした時、男の人の怒声が響いた。
私が目を向けると、露店の一か所で何やら不穏な空気が漂っている。
売っているのはポーションのようだ。
可愛らしい赤髪の女の子が接客をしている。
「もっと安いに決まってんだろ! 冒険者なめてんじゃねーぞ!」
「い、いえそんなつもりは」
女の子は困っていた。
それに赤髪の所為かな?
少しだけ頬が赤いように見えて……体調が悪そうだ。
そんなのお構いなしに男は乱暴な口調で言い続ける。
「いいからこの値段で売れよ!」
「いけません。値段はこれ以上下げられないので」
「うるっせーな! 文句言ってんじゃねーぞ!」
男はお金をたたきつけ、ポーションを奪って立ち去ろうとする。
遠目に見てもあきらかに足りていない。
女の子は慌てて追いかけ、彼の手からポーションを取り返そうとした。
「ちょっ、待ってください!」
「触るなガキが!」
「きゃっ」
女の子はポーションを持ったまま地面に倒れ込む。
倒れた時に肘を打ち付けたのか、ぶつけた部分から血が流れる。
周囲がざわつく。
なのに誰も助けようとしない。
私以外は。
「だ、大丈夫?」
自分でも意外だった。
流れる血を見たら、咄嗟に身体が動いていたんだ。
気付けば倒れた彼女に駆け寄っている。
「お、お姉さん?」
「なんだてめぇ! お前も邪魔するのか?」
「貴方こそ何を考えているんですか? お金も払わずに商品を取り去るなんて……ただの泥棒じゃないですか!」
「んだとてめぇ! 女の癖して嘗めた口きいてんじゃねーぞ!」
男は腰から剣を抜く。
往来で堂々と、切っ先をこちらに向ける。
私も女の子も、刃を向けられたら恐怖を感じる。
彼女の震えが伝わってきた。
私だって怖い。
怖いけど……重なる。
つい先日体験した理不尽と、目の前で起きている理不尽が。
それがどうしようもなく、腹立たしい。
「さっさとそれをよこせ。俺が買ったんだ。もう俺の――」
「やめとけよ」
男の腕を鷲塚む。
オレンジ色の髪に赤い瞳。
どことなく、誰かに似ている雰囲気の青年が私たちを庇った。