38.商人同士のお話
パーティーの翌日。
エアル君と私はブラックアイランド号に足を運んだ。
昨日の疲れもあってレンテちゃんは宿屋でお休み中。
「今日はお仕事の話するんだよね? 私も付いてきてよかったの?」
「もちろん。というかむしろいてくれた方が助かるよ。錬金術に関して俺は素人だし、何が必要か判断できるのはユリアだけだ。俺にわからないことは教えてほしい」
「そういうことなら頑張ります」
「ああ、頼りにしてる」
そうこうしている内に、ブラックアイランド号の目の前にやってきた。
昨日と違い、すでに階段は降りている状態だ。
出迎えも特になく、旅団員たちがせっせと働いているのが見える。
「昨日あれだけ騒いだのにもう働いてるんだね」
「そりゃそうだ。俺たちは半分休暇目的だけど、夏風は商売目的でここに訪れてるからな」
「そっか。夏風も十五日間滞在なんだっけ?」
「ああ。俺たちとの違いは街ごとに仕事と休みを分けてないことだな。三日働いて一日休み、このサイクルを十五日繰り返す。あと店を出すのは基本夕方からだ」
夏風は港街を中心に商売をしている。
港で働いている人たちは朝が早く、昼間まで働いている人がほとんどだ。
だからお店を朝に出しても客足が少ない。
そこで昼間は仕入れや準備に使い、夕方から一気に売り始める。
という方法を取っているらしい。
旅団のみんながせっせと働いているのも、夕方の開店に間に合わせるためということだ。
「夕方に間に合わせないといけないから忙しそうなんだね」
「そういうこと。邪魔しないように行こう。リエータさんは奥の船長室だ」
「船長室……」
なんだろう?
すごく格好良さそうな響きだ。
どんな部屋なのか一人でワクワクしてしまう。
私はエアル君に連れられ、船の奥へと進んでいく。
そうしてたどり着いた奥の部屋、扉の上には船長室と書かれていた。
エアル君が三回ノックをする。
「誰だい?」
「エアルです。仕事の話をしに来ました」
「お、入って良いぞ」
「はい」
淡々と扉越しに会話を済ませ、エアル君が扉を開ける。
黒と赤を基調にした床、濃い木の色が感じられる壁と天井。
リエータさんが向かい合っている机は、偉い人が仕事をするときのそれだ。
船長室という言葉に似あった部屋の雰囲気に、思わず感動してしまう。
リエータさんは優しく穏やかな表情で私たちを出迎える。
「ユリアちゃんも来てくれたんだね? いらっしゃい」
「はい。お邪魔します」
「うん、それじゃさっそく話をしようか? 商売の話を」
商売と言った途端、リエータさんの雰囲気が変わった。
目つきが鋭くなって、笑顔がちょっぴり怖い。
ただ威嚇しているんじゃなくて真剣な感じと表現したほうが良さそうだ。
これが彼女の、商人としての顔なのか。
私たちは対面でソファーに座る。
「リストは持ってきてるかい?」
「はい」
二人が交換したリストは、互いにほしい素材や商品が記されている。
地上の各地を渡り歩く春風と、海を中心に活動する夏風。
互いに分野が違うから、仕入れられる商品にも差が生まれる。
「なぁこれ、貝類が多くないか? そんなに売れるかい?」
「食べ物関係ならよく売れますよ。リエータさんこそ各地の特産品なんて港で売れます?」
「売れるやつは売れるさ。ただまぁ、半分は港に来てる観光客への土産だよ。実用性ないものは土産としてしか売れないからね」
「ですよね。それだったら前の街で仕入れた物があるんですけど」
二人が会話を弾ませる。
何が必要で、どう売り込むつもりなのか。
いくらで仕入れて、いくらで譲ってもらうのか。
商売人同士の会話は、損益に直結する。
「これ高いですよ」
「いーや元値が高いんだよ。だから売るならこの金額だ」
見知った仲であろうと値段交渉は踏み込んでする。
むしろ見知った相手だからこそ、本音を混ぜ合わせて交渉しているように見えた。
私は二人の話を聞きながら……
すごいなぁ。
と、素人丸出しの感想しか出てこない。
言い訳になるけど仕方がないよ。
私は商人じゃなく錬金術師だし、旅団に入ってからの期間も短い。
二人のやりとりについていける程の経験はないんだ。
わかってはいるものの、この場違いな感じは中々に居心地が悪いな。
私もちゃんと商売のお勉強をしなきゃ。
「これって海だからこそ価値が上がる物ですよね?」
「それがわかってるなら買う必要なくないか」
「目新しさが必要なんですよ。いきなりやってきたお店に興味を持ってもらうには、他にない何かがいる。どこでも手に入る物ばかりじゃ客はとれない」
「だったら尚更高値で買ってほしいけどねー」
二人の話は加速し白熱する。
たぶん違うと思うけど、なんだか言い合っているようにも聞こえてしまう。
お互いの利益のため、相手にも損をさせないため。
言葉の端々に思惑がしみ込んでいるみたいだ。
勉強しようと思ったけど、正直言って今の私じゃついていけないな。
大人しく話が終わるまで黙っていよう。
「この話はここまでだな。それじゃ次、ユリアちゃんに話を聞こうか」
「へ?」
とか思っていた矢先、唐突に二人の会話が切り替わった。
完全に気を抜いていた私は虚をつかれ、へんてこな声が出てしまった。
「わ、私ですか?」
「そうそう。聞いてるよ? ユリアちゃんのポーションがすっごく売れてるって。その恩恵をうちにもわけてほしいな」
「は、はい」
返事をしてしまった私だけど、何をどうすればいいのかさっぱりだった。
ただ、リエータさんが私を見る目は色っぽくて、食べられてしまいそうな危機感を感じた。






