34.海の女帝
シエンテに到着した私たちは、いつも通り荷車を預け自由行動をとる。
ここに来た目的は休養と品物の補充。
それから――
「夏風から海の商品を買いとる。一番の目的はそこだよ」
「買いとるんだ?」
「そりゃそうだよ。同じ組織でもお互いに商売をしてるんだからな。無償でもらえるわけない。いつも物々交換か買いとってるよ」
「なるほど」
商人なんだよね。
仲良しこよしの友人同士じゃなくて、物を売り買いする人たちだ。
利害の一致もなしに大事な商品をあげたり貰ったりはしない。
私も少しずつ、商人の感覚がわかってきたかも。
「じゃあこれから港の船に向かうの?」
「そのつもりだ。ユリアの紹介もしたいし一緒に来てくれるか?」
「もちろんだよ。私も会ってみたいから」
「お兄ちゃん私も一緒にいく!」
レンテちゃんがぴょこっと手を挙げた。
目を輝かせワクワクしながら、エアル君の反応を伺う。
「駄目だって言っても付いてくるだろ?」
「うん!」
「じゃあ断るのも意味ないな」
「やったー!」
レンテちゃんはウサギみたいにぴょんぴょんと飛び跳ねる。
よほど嬉しかったみたいだ。
彼女は船が好きなのかな?
エアル君が私に近づいて、耳元でそっと囁く。
「レンテはリエータさんとファスルさんが大好きなんだよ。俺たちを拾って育ててくれた人だから、親代わりみたいなものなんだ」
「そういうこと」
「ああ」
船じゃなくて、二人に会うのが楽しみで仕方がないんだね。
レンテちゃんは物心つく前に親を亡くしている。
それから旅団に拾われて育ったと聞いた。
その拾ってくれた人たちが、二人だったということか。
久しぶりに両親に会える。
確かにそれは……
「嬉しいよね」
そう呟いた。
私はもう会えないから、尚更気持ちは理解できる。
もし私も両親に会えるなら、きっと彼女のようにはしゃぐだろう。
◇◇◇
シエンテの街。
この国で一番大きな港があって、海と共に育った人たちが暮らしている。
「どの建物も白いよね」
「日差しが強いからなんだって。白は光を反射するから熱を持ちにくいって、前に誰かが教えてくれたよ」
「へぇ~ じゃあ船が黒いのは?」
「あれはリエータさんの趣味だ」
そっちは趣味なんだ。
まぁでも、海の上なら熱を吸収しても関係ないのかな?
「海の水に浸かっているから冷えるとか?」
「そういうのは考えてないと思うぞ。さっきも言ったけど色は趣味だ。リエータさんって頭はずば抜けて良いんだけど、時々趣味を優先することがあってさ。特にリエータさんの趣味って男っぽいというか――」
「だーれが男っぽいって?」
「へ?」
その時、エアル君の背後に一人の女性が立つ。
彼女はエアル君の頭を思いっきり殴った。
「痛っ! ちょっ、何する――ってリエータさん!?」
「ようエアル。相変わらずの腑抜け面してるじゃないか」
豪快な人。
エアル君から教えてもらった人物像がピタリと嵌った。
濃いバイオレットの長い髪、日焼けした肌、豊満な胸。
大人の女性で、かつパッションを感じる服装は、昔に本で見た女海賊さんみたいだった。
特徴的な帽子も相まって、その本で女海賊が呼ばれていた通り名を思い出す。
――海の女帝。
「リエータさーん!」
「お! レンテも来てくれたのかい?」
「うん! リエータさん会いたかったよ!」
「そうかいそうかい。私も会いたかったよレンテ。ついでに失礼な兄貴もな」
ニヤリと笑うリエータさんに、苦笑いのエアル君。
エアル君のほうが嫌そうな顔をしているけど、たぶん内心は喜んでいる、気がする。
彼女がレンテちゃんにとって親代わりなら、エアル君にとっともそうだから。
久しぶりに会えたら嬉しいはずだ。
「どうしたどうした~ いつもみたいに抱き着いてきてもいいんだぞ~」
「そんなことしてないだろ! 捏造しないでくれよ!」
「またまた~ 本当は抱き着きたい癖に~ なーレンテちゃん」
「えへへ~」
レンテちゃんはリエータさんに抱き着いてご満悦の様子。
彼女の頭を撫でながらニヤニヤするリエータさんは、そのままエアル君を手招きする。
でもエアル君は思春期の子供みたいなそっぽを向く。
動揺したり取り乱したり、普段は見られないエアル君はちょっと新鮮で面白い。
「ふふっ」
「わ、わらうなよユリア」
「ごめんなさい。でも面白そうだったから」
「お! その子がもしかして例の錬金術師かい?」
リエータさんの視線が私に向く。
口ぶりからして、すでに私のことを知っているようだ。
話題が逸れたことを狙って、エアル君がすかさず紹介する。
「そう。彼女が春風に新しく加わった錬金術師、名前はユリアだ」
「初めまして」
私はお辞儀をする。
顔をあげると、リエータさんが口を開く。
「そうかそうか、あんたがユリアちゃんか。エアルが変態王子から助け出したお姫様だろ?」
「お、お姫様?」
「リエータさん、彼女は」
「わかってるわかってる! お姫様っていうのは国のじゃなくて、エアルにとってのお姫様って意味だから」
「なっ!」
エアル君が顔を真っ赤にする。
またしても動揺するエアル君を垣間見た瞬間だ。
私のことを言っているから、さっきと違って反応を楽しむ余裕はないけど。
「あの時の通信はよく聞こえたよ~ あんな怒ってるエアルは久しぶりだったからね。よほど大事なんだって思ったね。ファスルも喜んでたよ?」
「ボスも一緒に聞いてたのか……で、そのボスは一緒じゃないんですか?」
「あー……それなんだけど」
リエータさんが口を噤む。
その反応を見たエアル君は察しがついたようで。
「……もしかして、またいなくなったとか?」
「正解!」
えぇ……
いなくなった?






