32.善意でお金は稼げない
去っていくお婆さんを見送って、私はエアル君に尋ねる。
「ごめん。余計なことしようとした?」
「違いますよお姉ちゃん!」
答えてくれたのはレンテちゃんだった。
彼女は申し訳なさそうに話す。
「悪いことじゃないんです。ないんですが……」
「俺たちは商人だからな。善意だけで動いちゃ駄目なんだよ」
言い辛そうに言葉を詰まらせたレンテちゃんに変わって、エアル君が低い声で話す。
「さっきの提案って、ユリアとしてはお金がないなら譲ります。くらいの感じで言ってただろ?」
「……うん」
よくわかっている。
お金がないと言われたら譲っても良いと思っていた。
「行為としては間違ってないよ。困っている人を助けるのは良いことだ。だけど、俺たちは商人で相手はお客さん。その立場からすれば良くない。仮にさっきのポーション、作るには原価いくらくらいかかる?」
「えっと……なんの病気かわからないから、作るなら万能ポーションで、私が研究してたものになると思う。素材は……結構多いかな」
必要な素材を口に出して説明していく。
治癒ポーションに必要な素材の十倍は必要になる。
その時点で価格も十倍。
初めの頃に売っていた治癒ポーションと同価値か、それ以上だ。
「高いよな? それを売って利益を出そうとしたら、もっと金額を上げないと駄目だ」
「……そうだね」
「それともし、低価格で販売したとするぞ? その場合はどうなると思う?」
「え、えっと……よく売れる?」
価格が安くて効き目がいいなら、きっとたくさんの人が欲しがる。
利益は得られないけど、売れ行きは好調……
ああ、そういうことか。
「たくさんの人が安くポーションを手に入れられたら……」
「良いことばかりじゃないよな? まず薬屋に人が来なくなるし、ポーションの価値も変わってくる。安くなることは買い手には嬉しいけど、売る側にとってはよろしくない。場合によっては他の市場にも影響を与える」
一つが安くなることで、それに準じる物は売れなくなる。
売れなくなったら価格を安くするか、逆に高くして利益を得るしかない。
お客さんが来なければ、お店は閉店しないといけない。
私たちだって同じだ。
利益の出ない商売を続けても、売る側は誰も喜ばない。
「善意でお金は稼げない。俺たちがやってるのは商売で、慈善事業じゃないんだ。利益が得られないことを続けて、俺たちまで食えなくなったらどうだ?」
「……それは困るね」
「そういうことさ。厳しいこと言ってごめんな」
「ううん、教えてくれてありがとう」
私は放っておけないから、心配だから動こうとした。
その結果、旅団のみんなにも悪い影響を与えるかもしれない。
昔はともかく、今の私は一人で生きていない。
集団の中で暮らしている以上は、自分だけが満足する結果を求めちゃ駄目なんだ。
作り手として、商人として物事を考える。
これからはそれが出来ないといけない。
わかっているのだけど……
やっぱり心配な気持ちはぬぐえないな。
「心配はいらないと思いますよ?」
「え?」
不意にレンテちゃんがそう呟いた。
意味は理解できなかったけど、彼女の視線の先にいたのはエアル君だった。
◇◇◇
翌々日。
夜、仕事を終えて宿屋に戻った頃。
部屋の扉をトントンとノックする音が響く。
「ユリア」
「エアル君? どうしたの?」
「休んでいる所すまない。ちょっと用があるんだけどいいか?」
「うん、どうぞ」
部屋に入ってきたエアル君は、大きな包袋を持っていた。
「その荷物どうしたの?」
「ああ、見ればわかるよ」
そう言って袋の中身を見せてくれた。
なるほど、確かにみればわかった。
と同時に驚いた。
「エアル君これって」
「俺からの依頼だユリア。この素材でポーションを作ってくれ。金も先払いだ」
ジャランとお金の入った袋もテーブルに置く。
彼がもってきた素材は、この間話した万能ポーションに必要なものたちだった。
「売らないんじゃなかったの?」
「売り物じゃないよ。これは俺の私物にするんだ」
「私物? ポーションを?」
「そう! 俺の金で買ったポーションなら、どう使おうと関係ないだろ?」
そう言って得意げに彼は笑う。
この時点でもう、彼が何を考えているのか察しが付く。
私はさすがに呆れてしまう。
「……いいの?」
「商売じゃなければいいんだよ。例えばそうだな~ どこかのお金持ちがポーションを薬屋に寄付したとか?」
「お金持ちね」
もっともらしい理屈はない。
しいて言えば屁理屈だ。
だけど……
「エアル君も心配なんだね」
「なんのことかな?」
「ふふっ、いいよ別に。お金も貰ったし頑張って作るよ」
「ああ、頼んだ」
結局、普段の彼はお人好しだってことだ。
それが彼の良い所で、私もそんな彼に救われた一人なんだ。
◇◇◇
翌日。
「こんばんは」
「あらこんばんは、今日も繁盛してたね~」
「はい。ところでお身体の調子はどうですか? 前より顔色が良くなった気がしますけど」
「それがね~ どこかのお金持ちさんが薬屋さんにポーションを寄付してくれたみたいなの。それのお陰ですっかり元気になったわ」
お婆さんは両手を大袈裟にグルグル回す。
確かに元気さが溢れ出ている。
ホッとする私に、お婆さんが尋ねる。
「もしかして貴女なのかい?」
「……いえ、私じゃありません」
「そうなのかい?」
「はい。私よりお人好しで、素敵な人だと思いますよ?」
善意じゃお金は稼げない。
だけど、善意で誰かの笑顔は守れる。






