29.夏服選びでクラクラ?
どこまでも広がる海。
吹き抜ける風に海の香りが乗っている。
ソロモン王国で感じた風と違う。
暑い日差しに照らされているから、吹き抜ける風も少し熱いな。
おでこから汗が滴り落ちる。
「お姉ちゃん! あれが船ですよ!」
レンテちゃんが服の袖を引っ張っている。
彼女が指さす先には、横に長い木製の船が停泊していた。
「お、おっきいんだね……あれが水の上を進むの?」
「そうですよ!」
「折り畳んであるのが帆だよね? あれを広げて風を上手く利用して進むって聞いたんだけどそうなの?」
「それで合ってるよ。でも最近は魔導具技術を応用して、石炭とか燃やせる物を燃料にして動く船も多くなってきてるかな?」
魔導具技術、その辺りの知識には詳しくないけど、なんだか凄そうだ。
石炭を燃料にして動くってどんな感じなのかな?
煙突があって煙が立ち上ってるとか?
「乗せてもらったりとかは出来ないのかな?」
「さすがに無理だな。俺たちの船じゃないし、動かすにも人手がいる」
「そっか……」
ちょっと残念だ。
海の上を進む体験もしてみたかったから。
すると、落ち込んでいる私に気付いたエアル君がクスリと笑う。
「そんなに乗りたかったのか?」
「う、うん」
「だったら機会はあるさ。そのうち堂々と乗れると思うぞ?」
「え、どうして?」
「私たちの旅団にも船があるからですよ!」
堂々とした態度で言い放ったのはレンテちゃんだった。
エアル君の顔は、自分が言いたかったのにと思っているみたい。
妹に先を越されて悔しそうだ。
「船があるの?」
「ああ。正確には俺たち春風じゃなくて、別の団が持ってるんだ」
私は以前にエアル君が説明してくれたことを思い出す。
四風の旅団は、全部で四つの団から構成された商業団体だ。
エアル君が旅団長を務める『春風』と、他に三つ。
『夏風』、『秋風』、『冬風』があって、それぞれに旅団長がいるらしい。
「各団には特徴があるんだけど、その中で『夏風』は港を中心に活動してるんだ。海を渡って商売してるから、自分たちの船を持ってる。あそこの船よりでかいぞ」
「そ、そうなんだ!」
目の前に停まっている船も十分に大きい。
それより大きいなんて、今から期待してしまう。
「確か予定通りなら今頃『夏風』もこの国にいるはずですよね?」
「ああ。次の次に向かうシエンテって街で会えるはずだよ。元々そこで落ち合う予定だったから丁度良いな」
「ですね! お姉ちゃんのことをファスルさんにも紹介しなきゃ!」
「ファスルさん?」
夏風の旅団長さんかな?
「ファスルさんは俺たちを拾ってくれた恩人で、旅団を作った人だよ。立場上は俺たち旅団長より一つ上、大団長ってことになってる」
「だ、大団長さん……」
ごくり、と自然に息を飲んだ。
つまりは四風の旅団で一番偉い人、国でいう王様だ。
一体どんな人なのか。
気になる以上に緊張する。
「まぁ少し先の話だ。今日は気にせず観光しよう。夏服買いにいくんだったな?」
「はい! 行きましょうお姉ちゃん!」
「うん」
そうだね。
今から緊張しても仕方ないし、せっかくの観光を楽しもう。
私はレンテちゃんに手を引かれ、街の中を歩き回る。
服屋さんはすぐに見つけられた。
さすが一年中暑さが続く街だ。
並んでいる服はほとんど薄着で軽い素材が使われているらしい。
「肩とか出す服が多いんだ」
「これとかもっと短いですよ!」
レンテちゃんがシャツを持っている。
短い……というか短か過ぎ。
「それだとお腹も見えちゃうね」
「良いと思いますよ! お姉ちゃんの肌はとっても綺麗だから見せても平気です!」
「そ、そうかな? あんまり自信ないんだけど……」
「絶対良いと思いますよ! ね? お兄ちゃんも見たいですよね?」
「ぶっ!」
レンテちゃんから突然の話題振り。
動揺したエアル君が噴き出した。
「その話題で俺に振るなよ」
「えぇ~ お兄ちゃんだって気になるでしょ? お姉ちゃんの服!」
「……ノーコメントで」
そう言いながら照れて赤くなっている。
エアル君も意外と初心で可愛い所があるんだな。
人付き合いは得意そうだし、女性の扱いも慣れているかと思ってた。
からかったら面白いかも。
「それにしても暑いな」
「すごい汗だなユリア。大丈夫か?」
「う、うん……大丈夫……だと……」
あれ?
なんか急にクラクラして……
「お、おい!」
「お姉ちゃん!?」
心配そうな二人の声が頭に響く。
それから私は、真っ暗な世界に堕ちたような感覚に襲われた。
◇◇◇
ズキっとした痛みが頭に走る。
寝苦しさに目覚めると、見知らぬ天井が視界に飛び込んできた。
「ここ……」
「起きたか」
「エアル君?」
ベッドの隣にはエアル君が腰かけていた。
私と顔を合わせると、安心したみたいに穏やかな表情になる。
「私……どうしたの?」
「暑さにやられたみたいだな」
「ああ」
それでクラクラして意識がなくなったのか。
「ったく心配させやがって。暑さには弱かったんだな」
「そうみたい。ごめんなさい」
「いいさ。気付けなかった俺も悪い」
「レンテちゃんは?」
私が尋ねると、エアル君が身体を傾けながら後ろを指さす。
そこには隣のベッドで眠るレンテちゃんの姿があった。
「さっきまで起きてたんだけどさ。眠そうだからベッドに寝かせたらすぐだったよ」
「そっか。悪いことしちゃったね」
「気にするな。初日だしまだ日はある。失敗から学ぶことだって大切だろ?」
夏服も買えなかったし、明日はリベンジだ。
「……そうだね。明日こそはちゃんと観光するよ!」
「張り切り過ぎてまた倒れないようにな」
「うん。新しい服を買ったら最初に見せてあげるよ」
「え……なんで?」
「見たいってレンテちゃんが言ってたけど?」
「……ありがと」
昔と違って、エアル君をからかう余裕くらいはあったみたいだ。
これも一つの思い出になるのだろう。
私にとって初めての夏が、これから始まる。
ちょうど熱中症になりやすい季節です。
読者の皆様もお気を付けください!






