28.新しい国
手続きを済ませ、私たちの一団は国境を超える。
国境には看板が立っていて、手前側が私の生まれた国を指し、反対側が隣国を指す。
「……」
ごくり、と息を飲む。
私にとって国境を超える、国を出ることは初めての経験だ。
そうでなくても王宮に籠りがちで、外の世界をあまりに知らなすぎる。
旅団に加わり商売をしてみて、自分の世界の狭さを知った。
「緊張してるのか?」
「う、うん」
「たかだか国境を超えるだけだよ」
「エアル君たちにとってはそうかもしれないけどさ~」
私にとっては違うんだよ。
そう言おうと思ったところで、エアル君が笑いながら言う。
「はははっ、とか言ってる間に超えたぞ?」
「え? あ……」
右手に見えていた看板がない。
いつの間にか通り過ぎて、遠く後ろに見える。
「な? 大したことなかっただろ?」
「……イジワルだね」
「まったくですよ! お姉ちゃんの初めてを返してあげてください!」
「そ、その言い方は語弊があるからやめてくれ」
妹に変な叱られ方をして、逃げるようにエアル君はそっぽを向く。
そんなに怒ることじゃないし、彼の言う通りただ国境を越えただけだ。
面倒な手続きをしたのは私じゃなくてエアル君。
荷車を運転しているのも私じゃなくて彼だし、私は乗せてもらって振動を感じている。
そうだね、うん。
大したことなんてないんだ。
国を越えることなんて、本当は簡単だったんだな。
「ずっと王宮に居たら知らないままだったよ」
そう呟いて空を見上げる。
空はどこから見ても同じはずなのに、なぜだか新鮮に感じてしまう。
雲が穏やかに流れていて、間に見える青さが美しい。
うつむくのをやめて、前以外も見るように意識するだけで、世界はこんなにも綺麗に変わるんだ。
◇◇◇
荷車を走らせ約三日。
国境を越えてから最初の街までは距離があった。
エアル君もそれを見越して、前の街で休息を挟んだわけだ。
ふかふかのベッドで眠った日の次に野宿だと、さすがに寝づらさを感じてしまう。
やっと野宿に慣れそうな頃になって、次の街が見えてくる。
「もうすぐ到着するぞ。アルベスタ王国最初の街に」
アルベスタ王国。
私が生まれた国ソロモン王国の西側に位置する。
環境や習慣が近いため、文化において大きな差はないと聞いている。
ただそれでも大きく違うことが一点。
それは――
「海だ!」
そう。
世界一大きな水たまり……海に面していることだ。
ソロモン王国は内陸の国で、川や湖といった自然はあれど、海には面していなかった。
私は国から出たことがないから、海も初めて見る。
文献で調べて知ってはいたけど、凄く広くて青いんだ。
「街に入ったらしばらく自由時間だ。一緒に観光でもするか?」
「いいの?」
「もちろん。レンテもくるよな?」
「はい! お兄ちゃんとお姉ちゃんが一緒なら、私が行かないわけありませんよ!」
二人と一緒に街を観光できる。
楽しみだ。
新しい体験が待っていると思うと、すごくワクワクしてくる。
街の名前はサンタレア。
アルベスタ王国の玄関と呼ばれているらしい。
私たちは街に入ると早々に荷車を預け、エアル君が入国の手続きに赴いた。
その間は私とレンテちゃんで待っていて。
しばらくして、エアル君が無事に手続きを終えて戻ってきた。
「お待たせ」
「お帰りなさい。もう終わったの?」
「最初の手続きだけだからな。滞在の許可が下りただけで、商売の方はまだだ。だいたい三日くらいで受理されると思うよ」
「じゃあもう安心なんだね」
エアル君が頷く。
「さっそく観光に行こう。最初はどこが見たい?」
「海が見たい! もっと近くで!」
「そう言うと思ったよ。だったら港に行こう。あそこが一番海に近いし、船も何隻か停まってるはずだ」
「船……」
海を渡る大きな乗り物。
名前しか知らない船も見られる。
またワクワクしてきた。
「早く行きましょうー!」
「うん」
「走るなよ二人とも。転んだら大変だぞ」
「はーい!」
はしゃぐレンテちゃんにつられて私も駆け出す。
遅れないようにエアル君も着いてくる。
海がすぐそこにある街だからなのか、空気の感じ方に違いがあった。
匂いと言ったほうがいいかな?
これが話に聞く潮の香りというものなのかも。
それと道行く半数の人の肌が茶色く日焼けしている。
肩や腕を出したり、薄着の人も多いみたいだ。
「なんだか急に熱くなった?」
「そりゃそうだよ。この国は一年中『夏』なんだから」
「そうなんだ! だから暑く……」
ソロモン王国に四季の変化はない。
一年を通して穏やかで、少し肌寒いくらい。
四季に当てはめるなら『春』が妥当だ。
比較的過ごしやすい陽気だったあの国とは違い、厚着をしていたら汗だくになってしまいそうだ。
「言っておくけど国の中心に行けばもっと暑いぞ?」
「うぅ……そ、そうなんだ」
「じゃあ海を見た後はお買い物ですね! 夏にぴったりな服を買いに行きましょう!」
「うん。ちょうど新しい服も欲しかったんだ」
またワクワクしてくる。
震える心を掻き立てるように、私たちの目の前には広大な海が広がっていた。
青い空に白い雲、水平線の先で空と海の青が混ざり合う。
どこまでも遠く果てしなく続く水の絨毯に……
「凄いなぁ」
私は素直に感動して、それ以上の言葉が出なかったよ。
新しい国には入ったユリアたち。
異なる環境に適応していけるのか?
そして新しい出会いは?
気になる方はぜひとも続きをチェックしてください!






