27.改めて行ってきます
正面の入り口から入って、すぐ右手に階段がある。
二階建ての建物で、階段を昇れば部屋が並んでいる。
執務室、書斎、その最奥にあるのが……
「ここが私の部屋だった」
「一番端っこにあるんだな? しかも隣は書斎だろ?」
「うん。部屋の順番なんて気にしてなかったよ。ここも空いてたから私の部屋になっただけ」
「……そういうものか」
彼は部屋を見渡す。
私は見渡すまでもない。
「何もないんだな」
「うん」
汚れた絨毯、錆びた照明。
窓ガラスにはひびが入り、嵐が来れば砕けてしまいそうだ。
カーテンはなく外から丸見え。
家具は一つもない。
この部屋には、何もない。
「ここで生活してたんだよな?」
「昔はね。その頃にはちゃんとあったよ? ベッドとか椅子とか、古かったけど」
「じゃあ何で何もないんだ? 王国の管理になって捨てられたとか?」
私は首を横に振る。
当たらずとも遠からず。
「捨てたんだよ。私が自分で」
「どうして?」
「……けじめ、かな。屋敷を出る時に売れる物だけ売って、あとは全部捨てたんだ。この場所に未練が残らないように」
「未練……か。子供が考えることじゃないぞ」
そうかもしれない。
あの頃、私は子供だったけど、子供のままではいられなかった。
明日を生きるために、未来を掴むために。
賢くあれ、強くあれ。
そのためには努力するしかなかった。
「考えると泣きそうだったんだよ。お母さんのこととか、思い出すとさ」
「それは普通のことだよ」
「うん、そうだね。でも泣いていたら誰かが助けてくれるわけじゃなかったからさ。自分でどうにかできないと……」
死ぬだけだ。
母が残してくれたお金にも限りがあった。
決して高くもない。
物は使えばなくなる。
命は守られているわけじゃない。
「私は運が良い方だったと思うよ。錬金術師の資格がなかったら、途方に暮れてたと思うし。一つでも他にはない強さがあってよかった」
「それだってユリアが努力して手に入れた物だろ? 才能は開花させなきゃ意味ないんだ。何もしなければただ埋もれただけだよ」
「そうかもしれないね」
エアル君は今日も優しいな。
言葉も声も、私を案じているのがわかるよ。
私たちは書斎へ移動した。
書斎は私の部屋の隣にあって、例のごとく空っぽだ。
本棚はあれど、本は一冊も残っていない。
「ここで錬金術の勉強をしたんだ。屋敷にいられなくなるまでだから、そんなに長い期間じゃないけど」
「本も捨てたのか?」
「本はそれなり売れたよ。売れなかった物は燃やしたんだ。残っていても持っていけないから」
ほとんどはお父さんが集めていた本だった。
お父さんは勉強が好きで、いろんな国々の歴史を調べたり、新しい知識を探していた。
錬金術に関する本があったのもそのお陰だ。
思い出が詰まっている本も……私は手放した。
「そこまでしなくても良かったのに……なんて言うのは違うか。それだけの覚悟だったんだな」
「どうだろうね。覚悟が出来なかったから、出来るように無理やり追い込んだだけなんだと思うよ。頑張って大人になろうとしたけどさ? やっぱり私は子供だったんだよ」
子供だから、決意を固める方法を知らなかったんだ。
全部を捨てて、後ろを振り向いても何もなければ、振り向く理由がなくなると思った。
本当はそんなことしたって、思い出は消えないのに。
でもそれがあったから、私は前を向いて歩けた。
後ろ向きじゃなくて、前向きに未来を追い求めることが出来た。
「だからきっと、あの時の選択は間違ってないと思ってる。私はこの道に進めてよかった。嫌なこともたくさんあったし、良くないことのほうが多かったけど」
私は彼の方へ振り向く。
それでも私は――
「エアル君やレンテちゃんに、四風の旅団にも出会えた。だから今は、それでよかったと思ってる」
そう思えるようになった。
みんなのお陰で、毎日が楽しいんだ。
幸せの感覚を知ることが出来た。
「ここに来たのはね? 確かめたかったからなんだ。私の選択が間違っていなかったのか、どうかを」
「正しいと思えたんだな」
「うん。それともう一つ、ちゃんとお別れを言いたかったんだ」
「……そうか」
私たちは屋敷を出る。
かつて過ごした場所を背に歩く。
玄関を抜け、外に出て、振り返る。
「この場所には思い出がいっぱいあるよ。お父さんとお母さんが暮らした場所で、私が生まれ育った場所だもん。何年経っても、私の家だったことは変わらない。それでも今の、私の家はみんなの所だから」
帰るべき場所が変わった。
ただそれだけでも、それだけじゃない。
気持ちの問題か。
「お父さん、お母さん、私ね? 帰る場所が見つかったんだ! 私がただいまって言ったら――」
「俺たちがおかえりって返すよ」
「うん! だから……」
一礼。
深々と、感謝を込めて。
「行ってきます!」
行ってらっしゃい。
言葉は聞こえない。
誰もいないのだから、返ってくるはずもない。
ただ僅かに、穏やかに。
温かい風が吹き抜けたんだ。
私は旅立つよ。
生まれ育った場所を越えて、新しい国へ。
錬金術師として、国を渡るんだ。
過去の自分を思い出しながら新たなる旅立ちを決意するユリア!
次回から新展開になります!
ぜひともご期待ください。






