25.春の風
彼は笑う。
温かく、そして穏やかに。
いつも通りの口調で話す。
「遅くなって悪かったな。怪我してないか」
「うん、まだ何もされてないよ」
「そっか。何かされたのは、そっちの変態王子様のほうだもんな」
ニヤリと笑みを浮かべながらエアル君が殿下に視線を向ける。
殿下は歯型のついた頬に手を当て、エアル君を睨む。
「君は誰だ?」
「四風の旅団『春風』の団長エアルだ」
「そうか旅団の……どうやってこの場所がわかった?」
「よくない風が見えたんでね。風を追っていたらここにたどり着いただけだよ」
風を追って?
なんだか不思議な表現をするな。
さっきの見えたっていうのも不自然だ。
「……意味がわからないな。表の護衛はどうした?」
「もちろん倒したよ。あれがいたから余計にわかりやすかった。まさか王子が盗賊崩れを雇っているとは思わなかったけど」
盗賊?
そんな人たちにまで協力させていたの?
この王子はどこまで……
「ふっ、たった一人の足も止められないか。やはり野蛮なだけで使えない連中だな」
「その使えない連中に守られていたのは誰だ? そいつらはもういない。終わりだよ、変態王子」
「終わり? 君は誰に向って言っているのかな?」
護衛を倒され、追い詰められたはずの殿下は動じていない。
むしろこちらが優勢と思わせるような態度を示す。
頬を片手で押さえたまま、反対の手で胸に手を当てる。
「僕は王子だよ? 王子である僕を敵に回して、果たして生きていけるかな?」
「……敵に回すとどうなるんだ?」
「わからないのか? ふっ、低能な連中のようだね。じゃあ丁寧に教えてあげるよ。僕に逆らうとどうなるのかをね」
「いやいらないよ。煽りのつもりで言っただけだし、大体の予想はつく」
やれやれと身振りをするエアル君に、殿下は苛立ちを見せる。
「大方俺たちを罪人にでもして吊るし上げるつもりなんだろ? 事実を権力で捻じ曲げてさ。ユリアを王宮から追い出したときみたいに」
「なんのことかな?」
「惚けるなよ。どうせ誰も聞いちゃいない」
「……それもそうだね。事情を知っているのは話が早いな」
僅かに見せた苛立ちもなかったように開き直り、殿下堂々と言い切る。
「僕は王子だ! この国の者たちは僕の声なら簡単に信じる! 嘘でもなんでも簡単に信じてくれる! これほど楽な立場はないよ」
「その立場を利用して、ユリアの研究成果を盗んで別のやつに渡してたんだろ?」
「へぇ~ そこまで知っているんだ」
「ああ。そんで挙句にユリアを盗人に仕立て上げて追い出した。これも事実なんだろ?」
エアル君が鋭い目つきで殿下を睨む。
街の冒険者なら怯みそうな眼光にも、殿下はひるまず優雅に返す。
「その通りだよ。ユリアはとても扱いやすい女だった。少し優しくすれば自分の味方だと信じ込むんだから」
「……」
否定できない。
あの頃の私は、実際に彼を信じていた。
周りがみんな敵でも、彼だけは味方になってくれると。
「それは昔の話だろ? 今の彼女は違うさ」
「――!」
「何を根拠にそう思うんだい?」
「根拠ならくっきりついてるだろ? その間抜けな顔に」
エアル君は指をさす。
殿下が隠している頬の歯型を。
私が反抗した牙を。
「もう……お前の言いなりになっていた彼女はいない」
「エアル君」
「それがなんだ? 関係ない。君たちに選択肢はないんだからな」
「……いいや? 選択肢がないのはそっちだよ」
エアル君は不敵に笑い、ズボンのポケットに手を入れる。
取り出したのは、手のひらに乗る大きさの黒い箱だった。
「世界各地を巡って商売してるとな? いろんな人と関わり合うんだ。中には国のお偉いさんとかもいて、友好な関係を築いてたりもする」
「それがどうした? その黒い箱と関係あるのか?」
「ああ、これさ。特別な魔導具ってやつで、遠く離れた人たちに声を届けることが出来るんだよ」
「なんだと……?」
殿下の表情が変わる。
彼の周りにだけ、不穏な空気が漂い始める。
「これと同じ物を旅団の各団長が一つずつ、それから友好関係を築いた国の重鎮が所持している。ちなみにこれ、ずっと起動中だから」
「なっ……」
「それってつまり?」
「全部丸聞こえってことさ。俺たちの仲間にも、国のお偉いさん方にも。そこの変態王子の自白は聞かれていたんだよ」
エアル君の一言。
殿下は途端に青ざめる。
「う、嘘は良くないな」
「それをあんたが言うか? 嘘だと思うならそれでいいさ。どうせすぐに忙しくなるぞ」
「っ……まさかそのために誘導を……」
言葉巧みに自白へ誘導していた。
知っていることをあえて相手の口から言わせ、言質をとる。
知らない間に、殿下はエアル君にコントロールされていたらしい。
もっとも今さら気づいたところで、もう手遅れだ。
「早くおうちに帰ったほうが良いぞ? じゃないと、もっとひどい結果になるかもな」
「……き、貴様」
「覚えておくと良いよ。商売では情報こそが命なんだ。それを簡単に教えるようじゃ、一銭も稼げないぞ?」
◇◇◇
後日談になるのかな?
あの後、私はあっさり解放された。
エアル君の言葉が真実なのか確かめるため、殿下は早々に屋敷を出て行ったよ。
倒れていた盗賊は放置されていたから、捕縛と輸送の手配が大変そうだった。
「自分で雇ったなら最後まで処理してほしいよな」
「あははははっ……それどころじゃなかったと思うよ」
「自業自得だ」
「そうだね」
滞在の最終日。
みんなと荷物を片付けて、出発の準備をしている。
私とエアル君はその様子を見守りながら、しばらく無言で過ごす。
「なぁユリア、一応聞いておくけどさ。王宮に戻りたくはなかったか?」
「え?」
「あいつの嘘は暴いた。やり方によっては、前より優遇されながら王宮で働く未来もあったかもしれないぞ」
「あー、それは考えてなかったな~」
そういう未来もあったのか。
ううん、それがあったとしても変わらない。
「私が選んだのはここだよ。この旅団を私にとっての居場所にしたいんだ」
「……そうか」
「うん」
それが一番、幸せな未来に繋がると思うから。
準備が終わり、レンテちゃんが手を振る。
「二人ともー! そろそろ出発しよー!」
「行くか」
「うん!」
吹き抜けた風の温かさが、季節の移り変わりを感じさせる。
幸福と変化のつぼみを乗せて。
春風は次の地へ。
【作者からのお願い】
新作投稿しました!
タイトルは――
『通販で買った妖刀がガチだった ~試し斬りしたら空間が裂けて異世界に飛ばされた挙句、伝説の勇者だと勘違いされて困っています~』
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