表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/108

25.春の風

 彼は笑う。

 温かく、そして穏やかに。

 いつも通りの口調で話す。


「遅くなって悪かったな。怪我してないか」

「うん、まだ何もされてないよ」

「そっか。何かされたのは、そっちの変態王子様のほうだもんな」


 ニヤリと笑みを浮かべながらエアル君が殿下に視線を向ける。

 殿下は歯型のついた頬に手を当て、エアル君を睨む。


「君は誰だ?」

「四風の旅団『春風』の団長エアルだ」

「そうか旅団の……どうやってこの場所がわかった?」

「よくない風が見えたんでね。風を追っていたらここにたどり着いただけだよ」


 風を追って?

 なんだか不思議な表現をするな。

 さっきの見えたっていうのも不自然だ。


「……意味がわからないな。表の護衛はどうした?」

「もちろん倒したよ。あれがいたから余計にわかりやすかった。まさか王子が盗賊崩れを雇っているとは思わなかったけど」


 盗賊?

 そんな人たちにまで協力させていたの?

 この王子はどこまで……


「ふっ、たった一人の足も止められないか。やはり野蛮なだけで使えない連中だな」

「その使えない連中に守られていたのは誰だ? そいつらはもういない。終わりだよ、変態王子」

「終わり? 君は誰に向って言っているのかな?」


 護衛を倒され、追い詰められたはずの殿下は動じていない。

 むしろこちらが優勢と思わせるような態度を示す。

 頬を片手で押さえたまま、反対の手で胸に手を当てる。


「僕は王子だよ? 王子である僕を敵に回して、果たして生きていけるかな?」

「……敵に回すとどうなるんだ?」

「わからないのか? ふっ、低能な連中のようだね。じゃあ丁寧に教えてあげるよ。僕に逆らうとどうなるのかをね」

「いやいらないよ。煽りのつもりで言っただけだし、大体の予想はつく」


 やれやれと身振りをするエアル君に、殿下は苛立ちを見せる。


「大方俺たちを罪人にでもして吊るし上げるつもりなんだろ? 事実を権力で捻じ曲げてさ。ユリアを王宮から追い出したときみたいに」

「なんのことかな?」

「惚けるなよ。どうせ誰も聞いちゃいない」

「……それもそうだね。事情を知っているのは話が早いな」


 僅かに見せた苛立ちもなかったように開き直り、殿下堂々と言い切る。


「僕は王子だ! この国の者たちは僕の声なら簡単に信じる! 嘘でもなんでも簡単に信じてくれる! これほど楽な立場はないよ」

「その立場を利用して、ユリアの研究成果を盗んで別のやつに渡してたんだろ?」

「へぇ~ そこまで知っているんだ」

「ああ。そんで挙句にユリアを盗人に仕立て上げて追い出した。これも事実なんだろ?」


 エアル君が鋭い目つきで殿下を睨む。

 街の冒険者なら怯みそうな眼光にも、殿下はひるまず優雅に返す。


「その通りだよ。ユリアはとても扱いやすい女だった。少し優しくすれば自分の味方だと信じ込むんだから」

「……」


 否定できない。

 あの頃の私は、実際に彼を信じていた。

 周りがみんな敵でも、彼だけは味方になってくれると。


「それは昔の話だろ? 今の彼女は違うさ」

「――!」

「何を根拠にそう思うんだい?」

「根拠ならくっきりついてるだろ? その間抜けな顔に」


 エアル君は指をさす。

 殿下が隠している頬の歯型を。

 私が反抗した牙を。


「もう……お前の言いなりになっていた彼女はいない」 

「エアル君」

「それがなんだ? 関係ない。君たちに選択肢はないんだからな」

「……いいや? 選択肢がないのはそっちだよ」


 エアル君は不敵に笑い、ズボンのポケットに手を入れる。

 取り出したのは、手のひらに乗る大きさの黒い箱だった。


「世界各地を巡って商売してるとな? いろんな人と関わり合うんだ。中には国のお偉いさんとかもいて、友好な関係を築いてたりもする」

「それがどうした? その黒い箱と関係あるのか?」

「ああ、これさ。特別な魔導具ってやつで、遠く離れた人たちに声を届けることが出来るんだよ」

「なんだと……?」


 殿下の表情が変わる。

 彼の周りにだけ、不穏な空気が漂い始める。


「これと同じ物を旅団の各団長が一つずつ、それから友好関係を築いた国の重鎮が所持している。ちなみにこれ、ずっと起動中だから」

「なっ……」

「それってつまり?」

「全部丸聞こえってことさ。俺たちの仲間にも、国のお偉いさん方にも。そこの変態王子の自白は聞かれていたんだよ」

 

 エアル君の一言。

 殿下は途端に青ざめる。


「う、嘘は良くないな」

「それをあんたが言うか? 嘘だと思うならそれでいいさ。どうせすぐに忙しくなるぞ」

「っ……まさかそのために誘導を……」


 言葉巧みに自白へ誘導していた。

 知っていることをあえて相手の口から言わせ、言質をとる。

 知らない間に、殿下はエアル君にコントロールされていたらしい。

 もっとも今さら気づいたところで、もう手遅れだ。


「早くおうちに帰ったほうが良いぞ? じゃないと、もっとひどい結果になるかもな」

「……き、貴様」

「覚えておくと良いよ。商売では情報こそが命なんだ。それを簡単に教えるようじゃ、一銭も稼げないぞ?」


  ◇◇◇


 後日談になるのかな?

 あの後、私はあっさり解放された。

 エアル君の言葉が真実なのか確かめるため、殿下は早々に屋敷を出て行ったよ。

 倒れていた盗賊は放置されていたから、捕縛と輸送の手配が大変そうだった。


「自分で雇ったなら最後まで処理してほしいよな」

「あははははっ……それどころじゃなかったと思うよ」

「自業自得だ」

「そうだね」


 滞在の最終日。

 みんなと荷物を片付けて、出発の準備をしている。

 私とエアル君はその様子を見守りながら、しばらく無言で過ごす。


「なぁユリア、一応聞いておくけどさ。王宮に戻りたくはなかったか?」

「え?」

「あいつの嘘は暴いた。やり方によっては、前より優遇されながら王宮で働く未来もあったかもしれないぞ」

「あー、それは考えてなかったな~」


 そういう未来もあったのか。

 ううん、それがあったとしても変わらない。


「私が選んだのはここだよ。この旅団を私にとっての居場所にしたいんだ」

「……そうか」

「うん」


 それが一番、幸せな未来に繋がると思うから。

 

 準備が終わり、レンテちゃんが手を振る。


「二人ともー! そろそろ出発しよー!」

「行くか」

「うん!」


 吹き抜けた風の温かさが、季節の移り変わりを感じさせる。

 幸福と変化のつぼみを乗せて。

 春風は次の地へ。

【作者からのお願い】


新作投稿しました!

タイトルは――


『通販で買った妖刀がガチだった ~試し斬りしたら空間が裂けて異世界に飛ばされた挙句、伝説の勇者だと勘違いされて困っています~』


ページ下部にもリンクを用意してありますので、ぜひぜひ読んでみてください!

リンクから飛べない場合は、以下のアドレスをコピーしてください。


https://ncode.syosetu.com/n9843iq/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新連載開始!! URLをクリックすると見られます!

『通販で買った妖刀がガチだった ~試し斬りしたら空間が裂けて異世界に飛ばされた挙句、伝説の勇者だと勘違いされて困っています~』

https://ncode.syosetu.com/n9843iq/

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

第一巻1/10発売!!
https://d2l33iqw5tfm1m.cloudfront.net/book_image/97845752462850000000/ISBN978-4-575-24628-5-main02.jpg?w=1000

【㊗】大物YouTuber二名とコラボした新作ラブコメ12/1発売!

詳細は画像をクリック!
https://d2l33iqw5tfm1m.cloudfront.net/book_image/97845752462850000000/ISBN978-4-575-24628-5-main02.jpg?w=1000
― 新着の感想 ―
[気になる点] 商売人が(客に聞こえるように)言っちゃ駄目だろうけど。 『誰も来ない場所で、護衛を全て倒されて……君に、何が出来るんだい?』くらい言って欲しかった(だが言っちゃ駄目) [一言] 他の…
[気になる点] 滅殺すれば良かった!!せめて、欠損!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ