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【7/25コミック1巻発売】国渡りの錬金術師 ~王子に騙され王宮を追い出された私は、ある旅の一団と出会いました~【コミカライズ】  作者: 日之影ソラ
第一章『春風』

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21.動き出す悪意

「ミーニャ様、先日の依頼は確認して頂けたでしょうか?」

「え、ええ。今取り掛かっているところです」

「かしこまりました。期限は明日の午後までとなっております。遅れないようにと、用件は以上です。失礼いたします」


 男は研究室の扉を閉める。

 にこやかだったミーニャの表情は一変。

 怒りと疲れに満ちた表情になった。


「明日の午後? そんなのわかってるわ。わかってるのよ……」


 取り掛かっているのは嘘じゃない。

 しかし、まったく終わる気配はなかった。

 彼女自身も、期日までに終わらせられるとは思っていない。

 不可能だから。

 高品質を保ち、与えられた素材と時間だけで依頼品を錬成する。

 どれも足りない。

 素材も、時間も……そして技術も追い付いていない。


「……数日で終わる量じゃない。これを……やっていたというの?」


 信じられないだろう。

 これまで周囲に守られ、ぬくぬくと育っていた彼女には。

 彼女は錬金術師としてではなく、一人の令嬢として生きてきた。

 宮廷付きでありながら、その責務のほとんどを他者に押し付けていた。

 多忙だと理由をつけ、努力を否定してきた。

 その怠惰の結果が現在だ。


「……っ、やるしかない」


 そう、やるしかない。

 だが目算通り、終わることはない。

 期限が遅れ、上からおしかりを受ける。

 明日も、明後日も、その次も。

 褒められ、甘やかされ続けていた彼女にとって、叱る一言は重く恐ろしい。

 まるで、自分の全てを否定されているかのような感覚に陥った。


 そんな日々が続き……


  ◇◇◇



 ミーニャの研究室には、毎日のように書類が積まれていく。

 ほとんど全てが依頼書だった。

 新しい錬金術師が次々に辞めていき、ユリアが抜けた穴が埋まらない状況が続いている。

 しわ寄せのほとんどは彼女に集まっていた。

 ここ数日の反応で周囲も察し始めたこともあり、彼女への依頼は減っている。

 減った分は他の二名の錬金術師に回されているのだが、そちらも滞り始めていた。


「こんな……」


 こんなはずじゃなかった。

 明かりも消え、暗い研究室でうつむくミーニャの姿。

 かつての自信に満ち溢れた彼女はどこへやら。

 現実を知り、実力の違いを思い知った彼女は、プライドから全てが砕けてしまいそうだった。

 元よりガラス細工だったのだ。

 綺麗な装飾が施され、周囲から大事に扱われていたからこそ光っていた。

 それがなくなり、日常的に使われれば負荷がかかり、簡単に割れてしまう。

 今の彼女は、ひび割れたガラス細工だ。

 

 そこへ一人――


「ミーニャ」

「殿下……」


 ゼノン殿下が研究室を訪れた。

 暗い部屋を明かりで照らす。

 ミーニャの瞳からは寂しさと悲しさで満ち溢れ、彼を見た途端に涙を流す。


「ごめんなさい……ごめんなさい殿下……私は……」

「……ミーニャ」


 ボロボロと涙をこぼすミーニャ。

 そんな彼女を見つめるゼノンは、僅かに躊躇したように見える。

 ほんの一瞬だけ考えて、彼はミーニャを抱き寄せる。


「自分を責めなくて良い。君はよくやっているよ」

「殿下……」

「気にする必要はない。君は、君が出来ることをやればいいんだ」


 優しい言葉を並べて、聞こえの良いセリフだけを吐く。

 いつものゼノン王子のやり口。

 美しい女性を見つけて、立場的にも釣り合いそうならキープする。

 そういう男の浅はかな言葉でも、追い詰められた人間には天からのお告げに聞こえただろう。

 

「殿下ぁ……」

「ああ、美しいミーニャ。君に涙なんて似合わないよ」


 優しく彼女の頬に触れ、涙を拭う。

 しかし、ゼノンの内心。


(……困ったことになったな。さてどうするか)


 この展開は彼にとっても予想外だった。

 ユリアが錬金術師として優秀であることは知っていた彼も、ここまで実力の差があるとは思わなかったのだ。

 原因の一端はミーニャにもある。

 彼女は日頃から、自分の方が本当は優れている。

 本気になれば彼女以上の仕事が出来ると、口には出さずとも態度で示していた。

 そんな彼女と身近にいたこと、彼が錬金術に詳しくないことも相まって、認識のずれは発生した。


(いやしかし、ならば彼女の実力が特別だったと……そうか。それは……使えるかもしれないな)


 心の中でニヤリと笑う。


「安心してくれ。僕に良い考えがあるんだ」

「本当ですか?」

「ああ、だから君は何も心配しなくて良いよ。いつも通り、美しい姿を見せてくれ」

「殿下……はい」


 二人は抱きしめ合う。

 ミーニャはそのぬくもりに安らぎを感じている。

 たがこの男、ゼノン王子は別の女性のことを思い浮かべていた。


(ユリア・ロクターン。近くに置くには足りないが……まぁ、道具として活用するなら悪くないな)


 相手を人間ではなく、道具に置き換える思考。

 生まれた時から選ばれし者で、人々の上に立っていた彼は、魂の芯から支配者になっていた。

 自分以外の個は、役に立てば道具、美しければ愛でる対象。

 それら以外は等しく……無。

 

 彼の目が見据える先に、彼女の姿が映る。


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