20.橙炎の剣
森の奥まで進んでいく。
周囲を警戒しつつ、迷わないように目印もつけて。
慣れた手つきで先へと歩く。
私は彼らに遅れないよう駆け足で、周囲を見渡しながら気になる素材がないかも探索していた。
「何かありそうか?」
「ううん、大丈夫だよ」
エアル君は優しいから、時折立ち止まって私に声をかけてくれる。
多少立ち止まっても気にせず、他のみんなも文句ひとつ口にしない。
「そんなに気を遣わなくて良いからね? 私はついてきてるだけなんだし」
「これくらい普通だよ。それとも俺が、女の子を置いてせっせと先に進むような奴だと思うか? そっちのほうが悲しいんだけど……」
「そんなの思わないよ。エアル君が優しいのは知ってるから」
「じゃあその優しさに甘えていいんだよ。ユリアはあれだな。全部一人で頑張ろうとしたり、迷惑かけたくなくて変に気を遣うタイプだな」
エアル君がずばり言う。
正解だ。
さすがよく見ている。
「気を遣えるのは美徳だけどさ~。頼れる時くらい頼らないと損だぞ?」
「そう……かな」
「そうそう。特に俺なんかは頼ってほしいって思う人だから。どんどん頼ってくれ。遠慮されるのは距離を感じて嫌なんだ」
「なんだかエアル君らしいね」
彼らしいと思える。
短い間の関係でも、彼のことはわかるようになってきた。
自然と目で追ってしまうからなのかな。
他愛ない会話をしながら、穏やかな時間を過ごす。
森の中だと思えないほど平穏で、風で揺れる草木の音以外は聞こえない。
私にはそれが心地良いのだけど、不自然に感じる人たちがいた。
「なぁ団長、少しいいか?」
「なんだ?」
「妙じゃないか? 聞いた話だと動物とモンスターが多いってことだったのに」
「……ああ、まったく出会わないな。結構進んだのに風も落ち着いてる。周りに動物の気配もない」
不自然だと、エアル君も感じ取っていたようだ。
私は言われて初めて気づく。
確かに大きな森なのに、生き物の一匹も顔を出さない。
隠れているにしたって不自然なほど静かだ。
静かすぎて不気味に感じ出す。
急に吹き抜ける風も冷たくなったような気もして。
私は身体を震わせる。
「寒いのか?」
「う、ううん、大丈夫」
「無理するなよ。それから、あまり俺から離れないようにしてくれ」
「え、うん」
エアル君の真剣な横顔が瞳に映る。
周囲を警戒しているのか、どことなく怖さを感じた。
それでも彼の背中を見ていたら、安心感が湧いてくる。
不思議な感覚だ。
「お前たちも、そろそろ警戒を強めてくれ。たぶんこの先だ」
「ん、星か?」
「ああ。ただの噂だと思ってたんだけど……どうやら当たりだったみたいだ」
話の内容はわからない。
ただ、彼らは何かを追っているようだ。
その答えは、すぐ目の前に現れた。
たどり着いた先にあったのは崖に空いた大穴と、棲家を守る赤い瞳。
ゴツゴツの鱗に長い尻尾、強靭な牙、鋭い爪も特徴。
身体の全ての部位が戦うため、獲物を捕らえることに特化したような造形のモンスターが、私たちを睨んでいた。
「あ、あれって……」
「ドレイクだよ。翼のないドラゴンとも呼ばれてる」
「ド、ドラゴン!?」
オオトカゲのモンスター……ドレイク。
大人の男性が五人分くらいの大きさはある。
尻尾まで含めたらもっと大きい。
私なんて一瞬で飲み込んでしまえるほどの口もあって、鋭く睨まれると恐怖で背筋が凍る。
いや、実際に寒気を感じている?
「寒さと森に動物たちがいない原因はこいつだな。ドレイクは獰猛さに加えて、特殊な力を持っていたりする。こいつの属性は氷なのか」
エアル君が腰の剣に触れる。
私たちを威嚇するドレイクに対して、無造作に歩み寄る。
「あぶないよエアル君!」
「大丈夫だ。みんなも下がっていてくれ。こいつは俺がやる」
「了解した」
「団長に任せるぜ」
他のみんなは武器を降ろし始める。
戦うのはエアル君だけ?
みんなもそれで良いと思っているみたいだ。
私だけが心配で、引き留めたい気持ちでいっぱいになる。
そんな私の表情を見るまでもなく、彼には伝わっていたようで……
「よく見ててくれ。俺の格好良い所を」
背中で語るエアル君。
そこにドレイクが大口を開けて威嚇する。
周囲がピキピキと凍り始め、冷たい風が吹き抜ける。
「エアル君!」
「見逃すなよ。一瞬だから」
カチャリ――
彼が剣に手を触れ、前傾姿勢で構える。
「来い」
挑発に応じるように、ドレイクが突進する。
凄まじい勢いで迫る。
対するエアル君も剣を抜いた。
切っ先が太陽の光に反射して光る。
そして――
「燃えろ」
オレンジ色の炎を纏う。
「あれは……魔法!?」
人間の内には魔力が宿っている。
しかし、それを扱える才能を持った者は極わずか。
錬金術師と同じか、それ以上に少ない。
彼らは魔力を自在に操り、言語と方陣によって奇跡を起こす。
エアル君は魔法が使えたんだ。
ドレイクが口から冷気を放つ。
エアル君は剣を振るい、炎を放ってこれを相殺。
そのままドレイクの眼前に接近して、大口を開ける前に一閃。
上顎から刃を通し、側面を走って尻尾の付け根まで斬り裂いた。
「硬いけど、俺の炎の前には無力だよ!」
エアル君はドレイクの背中に乗り、剣を突き刺す。
剣から炎が燃え移り、ドレイクを内部から焼く。
「これで終わりだ」
バホンと内部で爆発が起こり、ドレイクから煙が立ち昇る。
動かなくなったドレイクの横に降り、エアル君は剣を振るって炎を消す。
その時、良い風が吹いた。
風は炎の温かさを乗せて、私に運ぶ。
彼の炎は太陽のように温かくて、優しい香りがした。
それから……
「どうだ? 格好良かっただろ?」
「うん」
すごく、清々しいほどに。
戦う彼の姿は格好良かったよ。