2.信じられる人
「入るよ、ユリア」
優しい声に振り返る。
声とピッタリな表情をした彼が、扉を開けて研究室の床を踏む。
「やぁユリア、今日も頑張っているね」
「ありがとうございます。ゼノン殿下」
ゼノン・マクスウェル。
私が暮らす国、ソロモン王国の第一王子様だ。
「重たそうな荷物だね? まさか自分で運んできたのかい?」
「はい」
「そういうのは男に頼むと良い。君は女性なんだから、もし怪我でもしたら大変だよ? 必要なら僕を頼ってくれたらいいのに」
「そんな! 殿下の手を借りるなんて」
彼はゆっくりと首を振る。
「遠慮はいらないよ。錬金術師は国の発展に大きく関わる役職だ。君に期待している分、有意義な環境で研究に取り組んでほしいのさ」
「殿下……」
彼はとにかく優しい。
かけてくれる言葉も、表情も全て。
きっと心も。
私みたいな元田舎貴族の没落令嬢なんて、普通なら相手にもしないのに。
殿下は期待してくれているんだ。
私の頑張りを認めてくれている数少ない理解者。
「無理せず頑張ってくれ。僕が王になった時に、君の話を自慢したいからね」
「はい!」
彼に褒められると心が躍る。
期待されていると知って、やる気が何倍にも膨れ上がる。
彼の力になりたい。
期待に応えたいという思いで胸がいっぱいだ。
不遜なことはわかっている。
釣り合わないということも……でも私は、殿下のことが好きなんだ。
「ところでこれ、また新しいポーションかい?」
「あ、はい! 以前から試してた万能ポーションの試作品です」
「へぇ、ついに完成したのか?」
「いやまだまだです。既存の病気には効果がありますが、末期まで進行してしまった物は治せないので……」
病気の強さによって効果が異なる。
これではまだ、万能ポーションとは呼べない。
「十分に凄いじゃないか。これ一つでたくさんの人たちが元気になる。素晴らしい発明だよ!」
「あ、ありがとうございます」
殿下にそう言ってもらえただけで幸せだ。
頑張った甲斐がある。
「いつ発表するんだい?」
「まだ決めていませんが、十日以内には研究データをまとめようかと思っています」
「……そうか、なるほど。もし良かったら僕にも見せてもらえないかな?」
「もちろんです」
殿下にはいち早く見てほしいと思った。
錬金術は難しいし、素人には理解できない内容も多い。
だから説明は簡易的に。
足りない部分は資料にまとめて殿下にお渡しした。
いつも、新しい研究が進む度にこうして説明する機会を頂いた。
今から思えば、おかしい所しかない。
だけど私は気づけなかった。
認められた嬉しさで、全然見えていなかったんだ。
◇◇◇
事件は三日後に起こった。
正確には、気づいたのが三日後というだけで、事件そのものは少し前から起こっていたのだろう。
発表があったんだ。
新しいポーションが完成したという。
その内容は……私が開発途中の万能ポーションだった。
「そんな……どうして?」
意味がわからなかった。
私は誰にも話していない。
殿下以外には。
発表者の名前には……
「ミーニャさん?」
彼女がこのポーションの開発者として名前が挙がっていた。
確かに彼女も、近いうちに良い発表があるとは言っていたと思う。
だけど、今回のは明らかにおかしい。
提出された資料は、そのまま私が研究していた内容だった。
寸分たがわず、まったく同じ内容だ。
いかに同じ素材、同じテーマで研究をしたとしても、ここまで似ることはありえない。
「まさか……」
彼女が私の研究成果を盗んだ?
可能性としては考えられなくはない。
思えば今までだって、私が考えていた理論を先に発表したり、似た物を提出したり。
不自然な点はあった。
ただ彼女が天才で、私より優れているからだと思っていたけど……
もし盗んでいたのなら、全て私の成果だとしたら。
でも証拠はない。
彼女に問いただしたところでしらを切られるか、最悪私が悪者にされてしまう。
名家の生まれである彼女には後ろ盾があるんだ。
無策で挑めば、立場が危うくなるのは私のほう。
どうすれば……
「そうだ」
一人、味方をしてくれそうな人がいるじゃないか。
この件に関しては特に、真実を知っている人が。
「殿下に相談しよう!」
殿下は知っている。
彼女が発表したポーションの開発者が私だということを。
王子である彼が証人になってくれたら心強い。
彼ならなんとかしてくれる。
私に期待してくれている彼なら――