15.選ばれたのは
錬成時に素材は一度分解される。
だから元になっている素材が同じなら、別のポーションに作り替えたりも可能だ。
今回用意した素材は全部で五種類。
薬草が元になっている塗り薬、ハーブ二種、水、ポーションを入れる瓶。
傷を癒す程度のポーションならこの素材で十分だ。
「完成」
「一瞬で十本も……」
「凄いですよお姉ちゃん! とっても綺麗で見惚れちゃいました!」
「そ、そうかな?」
見惚れるなんて、照れる。
嬉しさに口元が緩む。
このくらい全然大したことないのに。
「なぁユリア、これ一本当たりの単価ってすごく安いよな?」
「うん。一本大体五十ユロくらいだよ」
「仕入れ値の十分の一か。こんなに安く出来たんだな……」
「効果も仕入れた物より良いと思うよ」
仕入れたポーションは見せてもらった。
素材は大体同じだけど、よくある七割の素材で出来たポーションだ。
全ての素材を活用できていない分効果も落ちる。
「これを売るとしていくらで売るかな。他のポーションもあるし、これだけ格安も怪しく見えるんだよな~」
「だったらセットで売るのはどうですか? 今が六百ユロなので、二つで八百ユロにするとか?」
「そうするか。仕入れ分がなくなるまでは」
「はい!」
二人が淡々と話を進める隣で、私は一人難しい顔をしていた。
セットで売るレンテちゃんの案は良いと思う。
でもそれだけ値段が高くなって、二本になっても売れるのかな?
一本でも売れにくかったのに。
「心配はいりませんよ!」
そう言ったのはレンテちゃんだ。
えっへん、と言わんばかりに力強く宣言する。
「売るのは私の仕事です! お姉ちゃんのポーションは無駄にしませんから!」
ということがあって翌日。
朝の集会でわりとあっさり紹介され、当たり前みたいにみんなが受け入れて。
流れるように仕事が始まった。
今日はレンテちゃんのお手伝いだ。
生産部門で主に働く私は、それ以外の時間は誰かのサポートにまわる。
「お買い得ですよー! ポーション二つで八百ユロ!」
レンテちゃんが元気に声掛けをする。
そこへ武器と防具を身に纏った若い男の人たちがやってきた。
格好からして冒険者だろうか。
「お嬢ちゃん、今ポーションが二つで八百って聞こえたんだけど本当か?」
「はい! こちらになります」
「へぇ~ ん? この二つで色が違うけど同じなの?」
「はい! 同じ傷によく効くポーションです。色が濃い方が仕入れた物で、もうひとつが旅団の錬金術師さんが作った物になります! こちらの方が効果は良いですよ?」
そう言ってレンテちゃんが私のポーションを宣伝してくれている。
自分が褒められているみたいで気分が良いな。
彼女の可愛らしい声だから尚更良い。
相手もそう思ってくれたらいいのだけど……
「うーんそれ本当かい? 濃い方が効果良いんじゃないの?」
どうやら信じてもらえないようだ。
ポーションの色は効果によって異なる。
回復系のポーションで、傷に効果が強いのは空色をしている。
純度が高いほどに透明度が増すから、結果色は薄くなるんだ。
濃い方が効果が良く見えるという話は、ポーションのことを知らない人が広めた噂に過ぎない。
「値段も妙に安いし大丈夫なの? 二つ買っても片方使えないんじゃ意味ないんだけど」
冒険者の男性は商品の値段と品質に疑問を抱いているようだ。
色についてはレンテちゃんにも伝えてある。
それを言わないのは、言った所で信じてもらえなさそうだからか。
やっぱり値段と色が違うと信用されないのかな。
彼女の助けになりたくて作ったポーションだけど、これじゃ逆効果に……
「だったらこういうのはどうでしょう? 二本セットで六百ユロでお売りします。それでもし、こちらのポーションの効果に満足できなければそのままで構いません。でも満足いく効果だったら、次にご来店の際に二百ユロをお支払いいただく」
「え、そんなんでいいのか?」
「はい。でもちゃんと効果があったら払ってくださいね?」
「ああいいぜ。そんじゃ六百ユロ」
冒険者の男はお金を払い、ポーションを二つ手に取って去っていく。
その後ろ姿を見送ってから、私はレンテちゃんに確認する。
「良かったの? あんな売り方して」
「大丈夫ですよ。お姉ちゃんの作ったポーションですから。それにあの人たちも悪い方々ではなさそうだったので」
「確かに前の冒険者さんより話は通じたけど、戻って来なかったら損しちゃうんだよ?」
「そうはならないと思いますよ。きっと夕方くらいかな?」
レンテちゃんは凄い自信だ。
作り手の私のほうがソワソワしてしまうよ。
本当に大丈夫なのかと不安なまま時間が過ぎて行く。
その後もポーションはあまり売れない。
セットにした分の値上がりと、見た目の違いもあって手を出す人が少なかった。
「ごめんねレンテちゃん。私のポーションの所為でかえって売れなくなって」
「大丈夫です! お姉ちゃんのポーションなら――ほら!」
夕刻、店を締め出す時間帯。
諦めかけた頃に、彼らが元気に走ってきた。
「はぁ、はぁ……良かった。まだやってたんだ」
「お帰りなさいませ、皆さん」
走ってきたのは朝方ポーションを購入した冒険者の人、とその仲間さん。
「どうでしたか? ポーションは」
「……」
ごくりと息を飲む。
冒険者さんたちは空になったポーション瓶を握っていた。
そのまま興奮気味に話す。
「すっごかった! ビックリするくらい効き目が良かったよ!」
「言った通りでしたよね?」
「ああ予想以上だ。朝の言葉は取り消すよ! 二百ユロ払うしポーションがまだ残ってるなら売ってほしい! あるかな?」
「はい」
冒険者さんたちは嬉しそうに、ポーションを十本も購入してくれた。
売れ残っていたポーションがドサッとなくなる。
「ほら! ちゃんと売れましたよ!」
「……うん」
自分の作ったポーションが売れた。
レンテちゃんの機転のお陰でもあるけど、私のポーションを選んでくれたんだ。
それが言葉に出来ない程嬉しい。
思えば初めてだ。
ポーションを使った人の感想を耳にするなんて。
こんなにも……
「こんなにも、嬉しいことだったんだ」
錬金術師になって数年。
これが、選んでもらえる喜びを初めて知った瞬間だった。