風の始まり⑤
間に合って……お願いだから。
今まで何度もエアル君には助けてもらった。だから今度は私が……助ける番なんだ!
「よかった……無事だね?」
「どう、して……?」
「助けに来たんだよ? みんなで!」
「みんな?」
私の後ろから、春風のみんなが顔を出す。
「団長! 無事かぁ!」
「何勝手に一人でいなくなってんのさ!」
「お前たち……」
「お兄ちゃん!」
私の後ろから、レンテちゃんが駆け抜ける。周りには盗賊たちもいて危険だ。そんなことお構いなしに、エアル君の元へと。
「レンテまで……」
「お兄ちゃんの馬鹿! なんで一人で行っちゃうの! どれだけ心配したと……思ってるの……?」
感情が抑えきれず、レンテちゃんはその場で泣き出してしまう。エアル君はそんな彼女の頭を撫でようとして、手を引っ込める。
「レンテ……俺は……」
「言わなくていいよ。全部知ってるから」
「え……」
「王城にいる盗賊に聞いたんだ。エアル君と盗賊のボスのこと」
私は二人の元へ歩み寄る。周りの盗賊たちは、春風のみんなが警戒してくれている。安全とは言い難い状況だけど、数分なら構わないだろう。
「一人で、解決しようとしたんだね」
「……ああ。そうするべきだと思ったんだ。そうじゃなきゃ、みんなにも、レンテにも顔向けできない」
「関係ないよそんなの! お兄ちゃんはお兄ちゃんだもん! 私のお兄ちゃんは一人だけなんだから!」
「レンテ……」
彼が何を悩み、迷っていたのか予想はできる。彼は優しいから、自分で自分が許せないんだろう。彼は何も悪くなくても、自分にも責任はあると考えてしまう。
エアル君はそういう人だから。
「みんな、エアル君だから助けに来たんだよ。私も、レンテちゃんも、春風のみんな……王国の人たちも協力してくれたんだ」
町全体はすでに王国の騎士たちによって包囲されていた。捕らえた盗賊から情報を聞き出し、場所を割り出し部隊を編成して。
たった一人、しかも部外者を助けるためとは思えない速度で進み、ここまでやってきた。
「ねぇエアル君、エアル君が誰の子供でも、みんな関係ないって思ってるんだよ? 大事なのは今まで、エアル君が何をしてきたか」
短い付き合いだけど、私にも言えることがある。私はエアル君に助けられて、春風の旅団に入ることができた。幸せな居場所を手に入れられた。
きっと他にもエアル君の優しさに救われた人たちは大勢いる。春風のみんなも、レンテちゃんだってそうだろう。
彼が積み重ねてきた信頼と実績は、たかだが一人の男に脅かされるほど弱くない。
「エアル君はエアル君だよ。エアル君だから、みんなここにいる」
「ユリア……」
「だから、一緒に行こうよ」
私は手を差し伸べる。
「お父さんにがつんと言わなきゃ」
「……そうだな」
その手を彼は取る。いつもみたいに、優しく笑いながら。
◇◇◇
「ダメですボス! 完全に包囲されてます!」
「くそっ、なんで王国の軍がこんなにいやがるんだ!」
逃走しようと考えていたドシールだったが、その退路はすべて塞がれていた。すでに町全体は王国の兵士に包囲されている。
「エアルのやつ……最初からこうするつもりだったのか?」
「――いいや、俺も驚いてるよ」
「な、エアル……」
盗賊のボス、エアル君の父親ドシール。彼の前にエアル君は歩み寄る。
「みんなは勝手に来たんだ。俺のことを助けるために……全部知った上で」
「……そうかよ。優しい仲間をもったじゃねーかぁ、エアル」
「まったくだよ。感謝しかない」
エアル君は剣を構える。傷や疲れはすでに私のポーションで回復済み。ともに来た兵士たちが、ドシール以外の盗賊の相手をしてくれる。
この場所、このタイミングなら邪魔は入らない。エアル君とドシールが一対一で向き合うことができる。
「いってらっしゃい、エアル君」
「ああ。すぐ終わらせる」
私に背を向け、エアル君が駆け出す。その背中に迷いは一つもなくて、私がよく知っている頼もしい背中がそこにあった。
「クソおやじ! お前に一つだけ感謝しておく!」
豪快に、切っ先に炎を纏わせる。
「俺を生んでくれたことだけは! おかげでみんなと出会えた! 俺は今、すごく幸せだ!」
「エアルゥ!」
ドシールは突風で対抗する。それすら炎が飲み込み、圧倒的な熱量で押しつぶす。全身全霊をかけた一撃が、ついに父親の胸に届く。
「ぐおあ……」
「俺はこの先もみんなと一緒に生きる。お前は……死ぬまで反省してるんだな」
◇◇◇
盗賊団全員の身柄を拘束し、王国の地下へ収容した。これでようやく、本当の意味で王都を襲った災厄は消えた。
「悪かった」
「もういいって。そんなに謝らないで」
宿屋に戻ってきたエアル君は、旅団のみんなに何度も深く頭を下げて謝罪していた。誰も彼のことを責めたりしなかった。みんな心配していただけなんだ。
「エアル君が無事でよかったよ」
「……ああ」
「レンテちゃんは?」
「もう寝てる。散々泣いて疲れたみたいだ」
「そっか」
レンテちゃんが一番心配していたからだろう。子供らしく泣いて、エアル君が戻ってきてくれたことにホッとしたのかもしれない。
「俺は……まだここにいていいんだな」
「当たり前だよ。エアル君がいてこそ、私たち春風なんだから」
「ははっ、それをユリアに教えられるとはな……」
私たちは部屋の窓から夜空を見上げる。珍しいことは意外と続くらしい。今夜は月が見えるくらい快晴だ。
「もうすぐこの国にも春が来るんだって」
「へぇ、じゃあ少しは温かくなるのか」
「あんまり変わらないみたいだけど、雪が降らない日は少しだけ増えるみたいだよ」
「そうか」
見上げた空に、流れ星が一つ。願い事を唱えるには短すぎる。私たちはただじっと流れた星の軌跡を追う。
「もう、一人でいなくならないでね?」
「……ああ」
「私も、すごく心配したんだから」
「……嬉しいよ。俺の居場所はここにあるんだな」
エアル君の横顔は、これまで見てきた中で一番清々しくて、軽やかだった。もうすぐ春が来る。きっと彼の心にも、この日初めて……春が訪れたのだろう。
私たちは春風の旅団。旅する商人の一団。また新しい地へと向かう。心地いい風を吹かせるために。明日も明後日も、私たちの旅はずっと続いていく。
終わりが訪れるのは、ずっと先のお話だ。
【作者からのお願い】
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タイトルは――
『通販で買った妖刀がガチだった ~試し斬りしたら空間が裂けて異世界に飛ばされた挙句、伝説の勇者だと勘違いされて困っています~』
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