風の始まり③
本来、部外者である私たちは王城には入れない。しかし今回の一件で王都を窮地から救ったことで、旅団と王国の大臣たちとは強いつながりが生まれた。
護衛をしていた騎士さんに事情を説明すると快く中へと入れてくれた。盗賊の一件で交流を持った大臣の方と面会する。
「これはこれは春風のお二人、どうなされたのですか?」
「実は――」
「お兄ちゃんがいなくなっちゃったんです!」
私よりも先にレンテちゃんが叫んだ。もはや普段通りではいられない。感情が抑えきれず、子供らしく思ったことを口に出す。
大臣さん呆気にとられた顔をしていたけど、レンテちゃんの泣きそうな表情を見て事態の緊急性を察知してくれたらしい。
「何があったのか教えていただけますか?」
「はい」
私はエアル君が突然いなくなってしまったことを話した。その理由に盗賊たちが関わっている可能性についても。
事情を把握してくれた大臣さんのおかげで、地下で幽閉されている盗賊たちと話す機会を得られることになった。
私たちは大臣さんと騎士数名に連れられて王城の地下へと向かう。薄暗く、不気味な場所だった。まさしく牢獄、罪人たちが収監された場所だ。
「こちらです」
騎士の一人が牢屋の前に立つ。中には数名の男たちが入れられていた。どうやら盗賊たちは同じ牢獄に収監されているらしい。
全員がギロっと私たちを睨む。殺意のこもった視線に背筋がぞっとして、レンテちゃんは私の後ろに隠れてしまう。
「なんだてめぇら、俺らを出してくれんのかよ」
「そんなわけがないだろう。お前たちに聞きたいことがあるそうだ」
「あん? なんだ? そこの女がか?」
盗賊の視線は私に集中した。誰かの視線をこれほど恐ろしいと感じたことがあっただろうか。
いや一度だけ……彼らの視線はあの人に似ている。私を陥れて、国を終れた人に。
「皆さんに聞きたいことがあります。エアル君、私たちの団長が今朝になっていなくなりました。こんな置手紙だけを残して」
私は手紙を盗賊たちに見せつける。もちろんこれだけじゃ伝わらない。だから私は手紙を見せながら畳みかけるように質問する。
「エアル君の様子がおかしくなったのは、あなた方と戦った後からです。何か知っていることがあれば教えてください」
「あん? そんなもん俺らが知るわけねーだろ? つーか誰だよそいつ」
「私たちの、春風の旅団の団長です」
「知るか! そんな奴がどこへ行こうが俺たちには――旅団?」
盗賊の一人が表情を変える。何かに気付いたように。
「……そうか。お前らがボスの行ってた集団かよ」
「ボス? 何か知っているんですか?」
「知らねーよ。知っててもてめぇらなんかに教えると思うか?」
「お願いします! 私たちはどうしてもエアル君の居場所を――」
盗賊相手に必死のお願いなんて無意味だと思いつつ、私は深く頭を下げようとした。それを遮るように、盗賊の一人がニヤリと笑みを浮かべて呟く。
「だが、今回は特別に教えてやるよ」
「え……?」
「教えてやる義理もねーが、事実ならお前らにとってもショッキングなことだぜ~ よほど信頼してるんだろ? その団長さんをよぉ」
ショッキングなこと?
この人は一体何を知っているのだろうか。エアル君は一体、何を抱えているのだろう。心臓が締め付けられるような痛みが走る。緊張と不安からドクドクと鼓動が早くなる。
少し、怖い。それでも知りたい。
「教えてください」
「後悔しても遅いからな」
こうして私たちは知ることになる。エアル君が抱える秘密……彼が抱え込もうとしている罪について。
◇◇◇
薄暗い森の中をひた走る。バツ印がつけられた地図を片手に、険しい表情で森を抜ける。そこには古い町があった。
正確には町だった場所である。すでに住民はおらず、建物もほとんどが半壊してしまっている。滅びたのはつい一月ほど前のことだった。
町に盗賊団が押し寄せて、住民を捕えて老人や男は皆殺しに、子供や女は奴隷として売り出したからだ。
今ではここは、盗賊団の拠点の一つになっている。そんな危険な場所に一人、エアルは無造作に踏み入った。
町の中心にあるもっとも大きな建物に、盗賊たちに注目されながら入る。中で待っていたのは一人の男。彼の名はドシール。盗賊団を束ねるボスである。
「――よく帰ってきたな、エアル」
「……」
「ここへ来たってことは、理解できたんだな? 自分の居場所がどこなのか。そうだよなぁ……お前はあんな場所にいるべきじゃない。そんな資格はない」
ドシールは高らかに、豪快な笑みを浮かべて言い放つ。
「お前は俺たちと同種の人間だ! なんたってこの俺の血が流れてるんだからなぁ!」
「……ああ、わかってるさ」
◇◇◇
エアルが真実を知ったのは、二人が初めて邂逅したときだった。エアルに追い詰められたドシールは、自らの口で伝える。
「俺は、お前の父親だよ」
「なっ……」
驚愕と困惑が同時に押し寄せ、エアルは言葉を失っていた。構えていた剣からも力が抜けて、だらんと下げる。
ニヤリと笑みを浮かべたドシールは続ける。
「信じられねーか? だか事実だ。お前の母親の名はサテラ。小さな村の娘だったなぁ。いい女で馬鹿みたいに素直な女だったよ。俺が適当に嘘をついたらころっと騙されてなぁ。短い時間だったが楽しかったぜ」
「っ……お前は」
「遊び感覚だったさ。そしたらお前が生まれて、めんどくなってサテラごと捨てたんだ。子供が女だったらよかったのなぁ。そしたら二人とも食えたのによぉ」
「捨てただと……母さんと俺を……?」
エアルは怒りと共に疑問を浮かべる。捨てたというならレンテはどうなるのか。彼女はエアルの妹だから。
「それから二、三年か? もっと経ってたか? 忘れちまったが、偶々サテラがいた村の近くに寄ったんで様子を見に行ったんだ。また適当にだまして食べてやろうと思ってよぉ。そしたらあいつ、別の男を作ってやがった。しかもそいつの子供までいやがる」
ドシールは苛立ちを表情に見せる。そんな資格もないくせに。
「嫉妬ってやつかな。まぁいい女だったからなぁ。捨てたとはいえ他のやつに取られちまうのは癪だった。だから……殺した」
「なっ……」
「男のほうな? ちょうど村から出てきたときに拉致って殺してやったよ。清々しい気分だったぜ~ スッキリしちまって、サテラのことはどうでもよくなったんだがな」
その後は死体を川に捨てて、サテラやエアルとは会わずに盗賊として各地を巡り、勢力を伸ばしていった。当然、エアルたちは父親が殺されたことを知らない。
エアルの記憶にある父は、優しくて強くて、理想的な父親だった。母親も信頼していたから、いなくなったときは酷く落ち込んだ。
そんな母親を見ていたから強く思う。どうしていなくなってしまったのか問いただしたいとエアルは考えていた。
その答えが、すべての怒りが目の前の男に集中する。
「お前が! 俺たちの父親を殺したのか!」
「違うぞエアル! お前の父親は俺だ! お前は妹の父を殺した男の血が流れてるんだよ! 犯罪者の血がなぁ!」
エアルは向けた切っ先が震える。動揺が全身を駆け巡り、判断力を鈍らせる。相手は盗賊の親玉だ。すぐにでも捕えるべきなのに、身体は動かない。
到底受け入れがたい事実に、脳内で混乱と葛藤が駆け巡る。
「あの妹が知ったらどんな気持ちになるだろうなぁ~ 俺ならぞっとするぜ? 自分の親を殺した男の息子と、仲良く兄妹やってたなんて知ったらなぁ」
「……黙れ」
「俺が黙っても事実は覆らねーよ。お前はお前だ。俺の血を引く犯罪者の血縁……そんな奴が仲間と仲良くお飯事してるなんて滑稽だぜ」
「黙れ!」
エアルが叫ぶ。誰にも見せたことがないほど、激しい怒りの形相で。呼吸を乱しながら、剣を握りしめる。
心の中の葛藤を見透かされるように、ドシールはニヤリと笑う。
「エアル、お前のいるべき場所はそこじゃねぇ……こっちだ。お前は俺たちと一緒に来るべき存在なんだよ」
「ふざけるな。俺には春風の旅団がある。お前たち盗賊と仲良くなんかできるか」
「お前はそうでも周囲はどう思うかな? お前が罪人の息子だと知れば、今まで慣れあってた連中も手の平を返すかもしれないぞ? それだけじゃねぇ、お前は商人なんだろ? 盗賊の倅がいるってわかれば、客足は遠のくぞ」
「っ……そんなこと」
「あるだろ? お前が一番わかってるはずだ。商売なんざ信頼が命だからなぁ。信頼を損なえば誰も寄り付かない。客はもちろん、誰も品を売ってくれなくなるぜ」
悔しいことにドシールの指摘はもっともだった。盗賊と関わりがある商人からなど、誰も買いたいとは思わない。
お金をかけて手に入れた品物が、まさか盗品かもしれないと疑うことになる。たとえ事実はなくとも、噂の一つもたてば一気に広まり、春風の評判は落ちることになるだろう。
「自分の立場が理解できたか? ま、せいぜい悩めよ。一生の決断だぜ」
そう言いながらドシールは地図を地面に堕とす。
「決心がついたらここに来い。俺の息子なら他の奴らも大歓迎してくれるぜ」
「……」
ドシールは無防備に背中を向けて去っていく。捕まえるなら今が絶好の機会だが、エアルは動かない。剣を下ろし、地図を拾い上げる。
「……俺は……」