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風の始まり②

 早朝。いつもより早く目覚めた私は朝の支度をささっと終わらせ、エアル君が宿泊している部屋の前に立っていた。

 なんだか少し緊張する。思えば朝にエアル君の部屋を訪ねるのは初めてだ。まだ早いし眠っているだろうか。

 エアル君は早起きだから、もうとっくに目覚めて寛いでいるかもしれない。もし寝ていたら申し訳ない気持ちはあるけれど、それ以上に聞きたかった。

 彼を悩ませているものが何なのか。私にも協力させてほしかった。

 トントントン――

 扉をノックして呼びかける。


「エアル君、私。ユリアだよ」


 返事はない。シーンという静寂だけが返ってくる。やっぱりまだ眠っているのだろうか、もう一度ノックをして反応があるか試してみた。

 三秒ほど待って、徐に扉に触れる。


「開いてる……?」


 周りには春風の団員しか泊まっていないとはいえ、寝ているのに扉を開けっぱなしにするのは不用心だと思った。

 エアル君らしくない。一抹の不安が過り、私はゆっくりと扉を開けて中を覗く。


「エアル君? 勝手に入る……よ?」


 そこには誰もいなかった。綺麗に畳まれてシワ一つない掛け布団。椅子と机も揃っていて、荷物が一つもない。まるで、最初から誰もいなかったように。


「窓が……」


 開いていた。珍しく吹雪が弱まっているけど、寒くて凍えそうな風が部屋の中に入ってくる。

 私より先に目覚めてどこかへ行ったのだろうか。食堂に行けば朝食を食べているエアル君がいるかもしれない。

 そう考えながらも、私は誰もいない部屋を見回す。不自然なことが多い。どうして荷物が一つもないのか。ベッドやシーツも、宿屋の人が掃除してくれた直後のように綺麗すぎる。

 ちゃんとエアル君は寝ていたのか。これじゃ使っていないように見える。それにどうして、窓や扉が開けっ放しなのだろう。

 私は部屋の中を探索することにした。するとテーブルの上に、一枚の紙を見つけた。風で飛ばないようにペンが重しになっている。

 何かのメモかと思ったけど、どうやら違うらしい。


「これ手紙? エアル君の字だ」


 手紙には短く、一言だけ記されていた。


「出発までには戻る……え?」


 しばらくじっと手紙を見て、意味を考えた。わかりやすい一言。深く考える必要もなく、意図は伝わる。だけど理解が追い付かない。

 この手紙からわかるのは、エアル君がどこかへ行ってしまったということ。しかも、たった一人で、私たちに理由も告げず。

 私は手紙を握りしめて部屋を出た。急いで向かった先はレンテちゃんの部屋だった。寝ていたら起こしてしまうとか、今は考えられない。

 乱暴なノックを響かせて、レンテちゃんの名前を呼ぶ。


「レンテちゃん! 起きてる?」

「……はい?」


 中から声がして、数秒経ってから眠そうに目をこすっているレンテちゃんが顔を出す。


「お姉ちゃん、どうしたのぉ?」

「これを見て!」


 まだ寝ぼけているレンテちゃんに手紙を見せつける。彼女は目を細めながら近くで手紙を見つめる。


「……お兄ちゃんの字……な、なにこれ!?」


 一瞬で目が覚めたレンテちゃんが手紙を両手でつかんで顔に近づける。すぐにエアル君の字だと理解してくれた。そして手紙の内容も。


「お兄ちゃんは?」

「部屋に行ったら誰もいなくて、この手紙だけが残ってたの」

「じゃあもう、どこに行ったの?」

「わからないよ。レンテちゃんなら知ってるかなって思ったんだけど」


 レンテちゃんはぶんぶんと首を横に振って否定する。


「知らない! お兄ちゃん何も言ってなかったよ。どうしよう……今までこんなことなかったのに、どこ行っちゃったの? お兄ちゃん、お兄ちゃん!」


 初めて見せるレンテちゃんの動揺が、逆に私を冷静にさせる。レンテちゃんに慌てて見せたのは失敗だった。

 しっかりしていてもまだ子供だ。突然大好きなお兄ちゃんがいなくなったと知れば混乱してしまうことは必然だった。


「どうしようお姉ちゃん! お兄ちゃんがいなくなっちゃった!」

「う、うん。とにかくまずは宿屋の中を探してみよう。他のみんなにも手伝ってもらって」

「よ、呼んでくる!」


 レンテちゃんはそそくさと宿屋の廊下を走る。まだ着替えも済ませていない。寝ぐせのついた髪で団員のみんなに呼びかける。

 もう少し冷静になるべきだったと反省する。エアル君の失踪は、私の心を激しくざわつかせた。その後、宿屋が一気に騒がしくなる。

 旅団のみんなも一緒になって辺りを探し回ったけど、エアル君の姿はどこにもなかった。宿屋の周囲、王都の中を駆け回り、エアル君を見なかったか街の人に尋ねる。

 誰も知らないと答える。おそらく朝日が昇る前、まだ誰も起きていないような時間帯に出かけてしまったのだろう。

 それだけでも異常性が理解できる。私たちの不安はどんどん増して、レンテちゃんの表情も崩れていく。夕方まで探し回って見つからず、レンテちゃんは泣き出しそうだった。


「お兄ちゃん……どこ行っちゃったの?」

「団長……」

「こんなこと初めてだわ。団長が私たちに何も言わず一人で行くなんて」

「……」


 みんな不安なんだ。エアル君と長く一緒に旅をしていたからこそ、今までにない状況に置かれて混乱している。

 私も動揺はしている。けど、この中では一番冷静に考えられるはずだ。よく考えるんだ。エアル君のことを。

 いつ頃から様子がおかしくなった?


「この街に来て……そう、あの戦いの後から」


 街の異変をもたらしていたのは盗賊の仕業だった。エアル君は盗賊の拠点を突き止め、その大半を捕縛して見せた。

 首謀者は逃がしてしまったようだけど、街を救ったことに変わりはない。それでもエアル君はボスを逃がしたことを悔いていた気がする。


「まさか一人でボスを探しに?」


 そこまで思い詰めていたの?

 エアル君は責任感が強いから、取り逃がしたことを後悔していたことは事実だと思う。でも、一人で行くだろうか。

 理由としてはありえそうだけど、どうにもしっくりこない。何か別の……もっとエアル君を突き動かす理由があると思った。

 ただ、どちらにしろ彼の様子がおかしくなったのは盗賊たちを捕らえた後からだ。


「レンテちゃん、王城にいるんだよね?」

「え、うん。王城の地下にある牢獄に収監されたって」

「だったら王城に行ってみよう。盗賊たちなら知ってるかもしれない。エアル君がどこに行ったのか」


 確証はないけれど、手掛かりがあるならそこしかない。私は祈るように胸に手を当て、レンテちゃんと共に王城へと足を運んだ。


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