100.冬の風
盗賊たちのアジトを破壊した後、王都での騒ぎはピタリと止んだ。
捕らえた盗賊の中には、脅されて毒を生成していた錬金術師の姿もあり、無事に保護された。
主犯格であるボスは逃走中。
綺麗に解決とはいかなかったものの、王都の平和は一先ず保たれた。
「ありがとうございます。これも聖女様と皆様のおかげです」
聖女ステラの元に王国の大臣が足を運び、直々に感謝の言葉を送った。
ステラは毅然とした態度で答える。
「私たちは当然のことをしたまでです」
「いえ本当に助かりました。特に聖女様の存在は偉大です。イヴェール様からお話は伺っておりますが、聖女様もご事情があって旅をされているとか。もしよろしければ、この地に永住なさりませんか?」
大臣からステラへの勧誘。
イヴェールの根回しで、すでに永住するための条件は整っている。
あとはステラの返事次第。
大臣も、きっとこの国の人々も皆が歓迎するだろう。
「ありがとうございます。とても嬉しいお話です」
「であれば――」
彼女は首を振る。
「すみません。お断りさせていただきます」
◇◇◇
「断りました」
「……そうか」
盗賊との一件後のごたごたが片付いて、私たちは出発の支度を進めていた。
そんな中ステラさんが、イヴェールさんに笑顔で報告した。
彼女は王国の聖女になることではなく、冬風と共に旅をすることを選択したらしい。
「一応聞くが、よかったのか? この国は君にとって、さほど居心地の悪い場所ではなかっただろう」
「そうですね。とても素敵な場所でした。ですが私は、イヴェールさんたちと一緒に行きます」
「どうして?」
「まだ、助けていただいたご恩に報いていません」
そう答えたステラさんに、イヴェールさんは小さく目を見開いて驚く。
「そんなこと、なんて言わないでくださいね?」
「……」
「あの時、私の身体は勝手に動きました」
イヴェールさんが毒に侵された時の光景を思い浮かべる。
彼女の祈りがなくとも、イヴェールさんは助かった。
頭では理解していた彼女は、気が付けば祈りを捧げていたという。
「あれは私が望んだから……聖女としての私ではなく、私自身がそう望んだから身体が動いたのだと思います」
助けたい。
苦しんでほしくない。
そんな思いが彼女を突き動かした。
「ステラ」
「すみません。まだ、自分の言葉でまとめられないんです。でも、私が伝えられるのは一つだけ。私っは――」
ステラさんはイヴェールさんの手を取る。
そっと優しく、祈るような姿勢で握りしめて。
「あなたや、皆さんと一緒に旅がしたい。聖女であり続けることは、場所に拘ることではありません。場所に拘るのは私自身の思い……だからどうか、私をこれから連れて行ってください」
「……前にも言ったが、私たちは商人だ。義よりも理で動く。金儲けすることが本懐だ」
「わかっています。私にできることは祈りだけ……それをお金儲けにすることはできません。ですから、それ以外のことでお役に立てるよう頑張ります」
「頑張る……か」
イヴェールさんは笑う。
「またがんばり過ぎても困るんのだけどね」
「その時は、イヴェールさんが止めてください。私はどうも、自分を止めることができないみたいですから。この地に残ればきっと無茶をします」
「そうだろうな。また倒れるまで祈り続けるだろう」
「はい。だからイヴェールさんに見ていてほしいんです」
「ふっ、それでは恩を返すなど一生かけてもできないかもしれないぞ?」
「その時は、一生お傍にいます」
それはまるで、プロポーズの言葉のように。
彼女のことだから他意はない。
いいや、もしかすると自分でも気づいていないだけで……そういう意味で言ったのかもしれない。
「今の言葉、無暗に他の者には言わないことだ」
「言いませんよ。イヴェールさんにだけです」
「……そうか。ならばもう言うことはない。改めて――」
「はい。私を、冬風の一員にしてください」
「旅団長として認めよう。聖女ステラ、君を歓迎する」
こうして彼女は正式に、冬風の一員となった。
彼女は聖女。
しかしその役割は聖女としてではなく、一団員と変わらない。
イヴェールさんは決して特別扱いするつもりはないだろう。
ただちょっぴり、気にはかけてくれそうな予感はする。
「ユリアさん、あなたが教えてくれたこと……今ならなんとなくわかります」
聖女としての自分と、ただの人間としての自分。
どちらも大切にしてくれる人たちと一緒にいることが幸せだと。
私にとって春風のみんなや、エアル君がそうだったように。
彼女にとっては……。
「ここが、私の居場所になる……そんな予感がします」
私によく似た彼女は頷く。
期待するように。
出発の時間が近づく頃、長く続いていた吹雪が止む。
懐かしい青空が顔を出す。
彼女の、新しい門出を祝福するように。
冷たいけど温かい。
そんな冬の風が吹き抜ける。
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