97.伝えられるのは一つだけ
方針が決まってすぐ、私たちは行動を開始した。
イヴェールさんは王城へ向かい、騎士たちの協力が得られないか問い合わせに。
あまり多くは望めないけど、少しでも人員がほしかった。
エアル君は春風の中でも戦える人たちを集めて、街を回って警備してくれている。
また同じことが起きないように。
仮に起きた時、すぐに対応できるように。
私は王宮にある研究室を借りてポーションの量産を始める。
素材は王国が用意してくれているから、今回は費用面を気にする必要はない。
レンテちゃんもサポートしてくれる。
「お姉ちゃん! 素材はこっちでいいの?」
「うん、ありがとう」
国は違えど、王宮の研究室。
なんだか不思議な感覚だ。
あの日、国を出た時から一生関わることはないと思っていた場所。
運命に導かれるように、私は再びこの場所に戻ってきている。
ただ、腕を振るうのは宮廷錬金術師としてではなく、春風の旅団の一員としてだ。
そこが一番大きくて大切な違いだろう。
「あの……私にもお手伝いできることはありませんか?」
研究室の端でちょこんと座っているステラさんが申し訳なさそうに言う。
私とレンテちゃんは優しく微笑み伝える。
「ステラさんは休んでいて下さい」
「そうですよ! イヴェールさんも言ってました! ステラさんは働き過ぎなんです!」
彼女は見学だ。
教会に一人で置いておくと、またがんばり過ぎて倒れてしまうかもしれない。
イヴェールさんから直々に、彼女のことを見ていてほしいと頼まれた。
私もステラさんはがんばり過ぎていると思うから、今は休んでもらいたい。
彼女自身は不服そうだけど。
「……本当にいいのでしょうか。私だけが何もしないなんて」
「むしろ逆だと思います。今まで一人で頑張ってきたから、今は私たちに任せてください」
「……」
ステラさんがじっと見つめる中で作業を進める。
作るポーションは簡易的な治癒ポーション。
今回は効果より数を優先する。
いつ、どれだけ必要になるかわからない。
王都の人々すべてに行き届く量を作れたら一番いい。
今回は私ひとりじゃなくて、宮廷で働く国の錬金術師の方々も協力してくれる。
大変だけど、無茶をするほどでもなさそうだ。
「ユリアさんは、どうして旅団に入ったのですか?」
「え?」
唐突だった。
なんの前触れもなく、ステラさんが私に問いかけてきた。
彼女も無意識だったのだろう。
言った後で口を塞ぎ、慌てて否定する。
「すみません作業中に、今の質問は忘れてください」
ステラさんはそう言う。
だけど彼女の内心は、答えを求めている気がした。
私も彼女とは落ち着いて話す機会がほしかったし、今はちょうどいいかもしれない。
「私、元は宮廷錬金術師だったんです」
ステラさんは小さく驚いた。
話してくれるとは思っていなかったのかもしれない。
私はポーション作りをしながら語る。
「でも、信じていた人に裏切られて王宮にいられなくなって……路頭に迷っていたところでエアル君たちと出会ったんです」
「それって……私と似ていますね」
「……やっぱりそうだったんですか?」
尋ねる前からなんとなく察していた。
彼女はどこか、私と似た雰囲気を醸し出している。
もしかしたら、と思ったんだ。
それから彼女は自らが冬風と行動を共にしている経緯を話してくれた。
まるで自分の話を聞いているみたいだった。
立場は違うし、経緯も異なるけど、裏切られ一人になった結果は同じ。
私たちは互いに、周りが見えていなかったのだろう。
「似てますね。私たち」
「……はい。だから、気になってつい質問してしまったのだと思います」
「わかります。私も聞きたいと思っていましたから」
「……ユリアさんはその時から、今日まで春風の皆さんと一緒にいるんですね」
「そうですよ」
「どうして、ですか?」
彼女の問いかけに、私はピクリと反応して作業を止めた。
会話の中で初めて視線を合わせる。
ステラさんの表情は、何か悩みを抱えているように見えた。
「ユリアさんは優れた錬金術師だと聞きました。そのお力があれば、どこでも働くことに困らなかったはずです。なぜ、今も春風に残っているのですか?」
「それは、私を助けてくれたエアル君たちに恩返しがしたかったから、だと思います」
「……じゃあ、恩返しが終わったら?」
彼女は問いかけ続ける。
自分の中にある心を確かめる様に。
「ずっと残ります。離れたくないんです。エアル君やレンテちゃん、みんなと一緒にいる時間が楽しくて、大切だから」
「楽しい……」
「とっても楽しいです。今までずっと一人で頑張ってきました。でも春風に出会って、一人で頑張らなくてもいいって教えてもらったんです」
きっと彼女は迷っているんだ。
自分がこれからどうするべきか。
聖女としての役割と、彼女自身の気持ちで揺れている。
だったら私に言えることは一つだけだ。
「私はここが、自分の居場所だと思えるようになりました。錬金術師としての私も、ただの人間としての私も、どっちも認めてくれる人たちがいる。だからもう、離れるなんて考えられません」
「――どちらの自分も、認めてくれる……」
彼女にもそんな場所が見つかるといい。
もしすでに見つかっているなら、早く気付けるといいね。
これが今の私に言える精一杯。
ほんの少し先んじた先輩として、私によく似た誰かが前へ進めるように。






