10.古い居場所
私はエアル君の手を取った。
四風の旅団が、これから私にとって帰る場所になる。
そう思うと、今から少しワクワクする。
「また良い顔になったな?」
「え? そう、かな?」
「ああ。さっきは吹っ切れたって顔だったけど、今はワクワクかな」
せ、正解だ。
チラッと顔を見ただけで私の気持ちを当ててしまう。
怖いくらいピッタリと。
「な、なんでわかるの?」
「そりゃーもう、いろんな人を見てきたからかな? 旅をしてると色々あるんだよ」
「そうなんだ。私は旅なんてしたことないけど」
旅ってどうなのかな?
楽しいのかな?
二人を見ていると、なんだか楽しそうな気はするな。
「またワクワクしてるだろ」
「うっ、そうだけど」
「はははっ、ユリアは特にわかりやすいな! 表情がコロコロ変わるから見てて面白いし」
「面白いって……」
なんか悔しい。
あと恥ずかしい。
だから今度はこっちから言えるように、彼の表情を見るようにしよう。
ジー……
「そんなに見つめられるとさすがに照れるな」
「あ、ご、ごめんなさい」
「こっちでーす! 二人とも早くー!」
遠くからレンテちゃんが手を振っていた。
彼女の前には、宿屋の名前が書かれた看板が立っている。
四階建てで横に広い建物だ。
「ここが宿?」
「ああ、滞在中はここを貸し切ってる」
「貸し切り? そんなことできるの?」
「出来るぞ。開いてる宿を探すのは大変だけど、うちは人数が多いからな? そうしないとバラバラの宿に泊まることになるんだよ」
彼の説明を聞きながら、大きな宿屋の建物をぽけーっと見つめる。
王宮とは比べられないけど、私が前に住んでいた屋敷よりも大きい。
新しい建物なのか、外観も綺麗だ。
ここを貸し切れるって……私が思っている以上に四風の旅団ってすごい所なのかな?
中に入ると外観通り綺麗で、広かった。
私は二人に案内され三階の一室に入る。
ベッドは二つ、十分な広さだ。
「部屋は人数分しかとってないんだ。ここは俺とレンテで泊まる部屋なんだが使ってくれ」
「え? じゃあエアル君は?」
「俺はその辺の椅子でいいよ。慣れてるし」
話ながらエアル君は腰の剣を外し、椅子に立てかける。
「駄目だよそんなの! 私がお邪魔してるんだし、ベッドはエアル君が使わないと」
「女の子を差し置いてベッドで寝られないよ」
「で、でも」
「それなら私のベッドで一緒に寝ましょう!」
レンテちゃんの提案が部屋に響く。
ちょっぴり暗い部屋の中でも、彼女の瞳はわかりやすくキラキラしている。
「どうですか? 女の子同士だし平気だと思います!」
「いいの?」
「もちろんです! その代わり、ユリアさんのことをお姉ちゃんって呼んでもいいですか?」
「お姉ちゃん?」
いきなり言われて驚く私に、不安そうな表情を見せるレンテちゃん。
「い、嫌じゃないよ? むしろ嬉しいから」
「本当ですか? 私もお姉ちゃんってちょっと憧れてたんです!」
「そ、そうなんだ」
「兄の前でそれを言うか……まぁいいや、じゃあ俺は一旦見回りをしてくる。その間にシャワーでも浴びておいてくれ」
そう言ってエアル君が部屋を出て行く。
「シャワーも一緒に入りましょう!」
「う、うん」
レンテちゃんは思ったより強引な女の子らしい。
なんだか賑やかになりそうだ。
今夜も、これからも。
ずっと一人で彷徨って、頭に浮かぶのは王宮での出来事だったけど。
今夜からはもう、あの場所のことを考えなくて済みそうだ。
◇◇◇
一方。
ユリアを追放した王宮では、翌々日に臨時で錬金術師が採用された。
採用されたのは王都で店を開いていた若い男性。
錬金術師は貴重な人員だ。
いつでも補充できるように、王都や近郊にいる錬金術師を王国は把握している。
「今日からこちらが研究室になります」
「はい!」
当日、王宮の役人が新しい錬金術師を案内したのは、ユリアが使っていた研究室だった。
綺麗に掃除され、彼女が働いていた痕跡は残っていない。
殺風景な部屋に二人が立ち、仕事について説明をする。
「すでに説明を受けているかもしれませんが、急な欠員が出てしまい一部仕事が滞っております」
「はい、そう伺っております。なんでも自分から逃げ出した? ようですね。せっかく宮廷で働いているのに理解できません」
この男性は理由を知らない。
都合の良い報告を聞き、自分が選ばれたことで浮かれている。
「私は責任をもって取り組まさせていただきますので! ご安心ください」
「そう言って頂けるとこちらも助かります。では、こちらに記載されている内容の物を作成し、期日までに納品して頂けますか?」
「はい!」
手渡された依頼書を男は受け取った。
数秒、内容に目を通す。
「……え?」
「どうかされましたか?」
「こ、これ……間違っていませんか?」
「何がですか?」
キョトンとする役人。
なぜか新人錬金術師の顔からは汗が流れている。
「い、いやだっておかしいですよ!」
「どこがです?」
「どこって全部がですよ! まず材料が足りなすぎる! この素材の数で作れる本数じゃない! それに効果もおかしい! 傷と病どちらも即効性? 無理ですよそんなの! それから期日! 明後日までに三百本? 一人でやれる量じゃない!」
興奮気味に男は叫んだ。
しかし役人にはうまく伝わっていないようで。
「何を言っているんです? これは以前に勤めていた者が実際にやっていた仕事ですよ?」
「……は? 冗談ですよね」
「いえ、記録も残っています。これが普通の――」
「普通なんてあり得ない! これが出来る錬金術師がいるなんておとぎ話だ! 本当にいるのなら……天才以上に異常者だ」
そこまで断言するほど、ユリアは規格外だった。
錬金術にはルールがある。
そのルールすら、彼女は打ち破っていた。
誰も知らない。
彼女の異常さを、近くで見ていたからこそ気付いていない。
これはまだ序章。
新天地での希望と、古き場所での後悔。
それぞれが動き出し、再び交わるまでの。