表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
麗しの守護騎士様は人斬り女を嫁にする  作者: 楠瑞稀
一章 花と酒、君も浮かれる春の季節に
9/23

9 信じる覚悟


 事前に報告は翌日で良い、と許可をもらっていた。そのため、退勤の記録だけ付けるとクロードは私服に着替え、シズルを待たせていた場所に戻ってきた。しかしそこに誰の姿もないのを見て、非常に嫌な予感を覚える。

 そして、薄暗い路地裏から声がした時、その予感が本物だと知れた。


「何をしているんですか!?」

 

 そこにいたのは怯えた顔の男二人と、片手で一人の男を押さえ込み剣を抜くシズル。

 シズルはクロードを見ると嫌そうに舌打ちをする。


「君たち! いったい彼女に何をしたんだ!?」

「この状況でなんでその台詞なんだよ!??」

「シズルさんは理由もなくそんなことはしません」


 男の怒鳴り声に返すクロードの返答に、あからさまに顔を歪めたのはどういう訳かシズルの方だった。シズルは男から手を離すと、その背を蹴り飛ばす。


「おい、なんだよ。その言いざまは」

「へっ? なんでシズルさんが怒るんですか。ともかく、一度詰所に行きましょう。言いたいことがあるならそこで聞きますから」


 よろめきながらも合流した男たちは、クロードが詰所と口にしたことで、騎士団の関係者である事を察したのだろう。

 後ろ暗いところしかない男たちは、途端に挙動不審になって、そそくさとその場を後にしようとする。


「うっせえ! 誰が詰所なんかに行くかよ!」

「待って、駄目ですよ!」

「丸腰でどうやって俺らを連れてくって言うんだよ」


 騎士服から私服に着替え、帯剣どころか一切の武装をしていないクロードを鼻で嘲笑う。そして彼の胸を突き飛ばし、路地を出ていこうとする。


「だから駄目ですって」


 クロードは胸元から何かを取り出すと、口元に持っていった。そして、それに思い切り息を吹き込む。

 次の瞬間、漏斗状に開いた先端から響き渡ったの、耳を劈くような、低く濁った爆音であった。

 男たち、そしてシズルも咄嗟に耳を抑えて盛大に顔を歪める。


「な、何だテメエ、五月蝿えじゃねえか!?」


 あまりの騒音に耐えきれず掴みかかってくる男の一人に、クロードはしれっと答えた。


「これは騎士団の補給班の一人が、料理人時代に修行に行った遠方の国の楽器でしてね。確か名前が……ブブ、ズケ? ただったかな?」


 それは東方の料理だと、勘違いを訂正できる者はこの場には誰もいなかった。


「それが何だってんだよ!」

「かなり強烈で個性的な音がすることから、騎士団の呼子に採用されてます」


 その言葉に被さるように、「おい、こっちだ」と複数の足音が掛け脚で近付いてくる。

 男たちはさっと顔を青褪めさせた。


「クソッ、てめえ!」

「覚えとけっ!」


 突き飛ばすようにクロードの胸ぐらから手を離し、男たちは焦った様子で路地から逃げていく。そしてそれに気づいたのか、その後をさらに複数の足音が追い掛けて行った。


「明日、報告書書かないとなあ。とりあえず助かっ……シズルさんっ!?」


 クロードの喉元に突きつけられたのは、鋭い刃のきらめきだった。

 抜身の剣の切っ先をクロードに向け、シズルは険しい表情を浮かべていた。


「……何故だ?」

「何がですかっ!? こんなとこ、巡邏の騎士に見つかったら捕まっちゃいますよ!」


 目を白黒させたクロードは、降参とばかりに両手を上げたまま、どうにかシズルを宥めようとする。


「私が理由もなく剣を抜かない? いったい私の何を見て、そんな事をほざく」

「いや、だって!」


 クロードが悲鳴のように声を張り上げる。


「シズルさんが言ったんじゃないんですか!」

「何をだよ!」

「『誰彼構わず斬り殺したんじゃ、犯罪者だ』って! つまり、シズルさんはそんな事しないってことでしょう!?」


 ぐっと言葉を詰まらせたシズルは、それでも粗を探るよう言い募る。


「テメエの国の騎士様は、会ったばかりの女の言い分を信じるのかよ!」

「そりゃそうでしょう! 話してくれた言葉も信じられないような相手を勧誘して、背中を預けようとする訳ないじゃないですか!」

「私は人を斬り殺すことを好む人斬り女だぞっ」

「知ってますよ! 『戦乱の魔女』で『血啜り』なんでしょう!? そんの二つ名が付けらるほどの英傑だと知っているからこそ、あんなに必死になって勧誘しようとしてたんですよ!」


 それを早々に諦めたのもクロードであるが、そこは言わぬが花である。

 ぜいぜいと息も荒く言い争っていたクロードとシズルだったが、先に視線を逸らしたのはシズルの方だった。


「テメエの国は甘ちゃんばっかりかよ……。私が大嘘付きの殺人鬼だったら、どうするんだよ」

「それと僕らが信じるか否かは別の話です。もっとも、信じると決めた以上、責任を取る覚悟はあります」


 真っ直ぐにシズルを見つめるクロードとは対象的に、シズルはそっぽを向いたまま下唇に歯を立てる。


「後悔しても、知らねえからな」

「ご心配には及びません。僕はともかく、うちの上司の見る目は結構確かなんで」

「……そこは嘘でも自分って言っとけよ」


 しれっと答えるクロードに、がっくりとシズルの肩が下がる。

 クロードは話は終わったとばかりに、話題を変えた。


「えーと。興が削がれてなければ、そろそろ次の店に案内してもいいですか?」

「もう、どこにでも連れていけ……」

 

 深々とシズルが溜息を落とした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ