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麗しの守護騎士様は人斬り女を嫁にする  作者: 楠瑞稀
一章 花と酒、君も浮かれる春の季節に
8/23

8 悪巧・姦計・落とし穴



 食事を終えた頃には、空は夜の色に染まっており、所々に灯る街灯の明かりが暗がりを照らしていた。


「今日はお付き合い下さいまして、有り難うございました」

「ああ……」


 遠慮なくエールと食事を腹に詰め込んだシズルが、微かに頷く。

 クロードは苦笑しながら首を傾げる。


「所属の件は、お断りされた、と報告してよろしかったですよね」

「改めて誘惑でもしてみるか?」


 皮肉に笑い、物騒に目を煌めかせるシズルに、クロードは両掌を見せてとんでもないと手を振る。


「上への報告を変えるつもりはありませんが、ご迷惑でなければ個人的にもう一カ所付き合ってもらえませんか?」

「なんだ。まだ何かあるのか」

「シズルさん、まだ飲み足りないんじゃありませんか? 俺も任務中は飲めませんでしたし」


 そう言って、グラスを傾ける仕草をすると、合点がいったとばかりにシズルは頷く。


「そういう事なら、付き合ってやらんこともない。だが、お前の驕りだぞ」

「はは。次は経費じゃなくて俺の自腹になるんで、お手柔らかに」


 いったん詰所で退勤の連絡をして来るんで、ここで待っていて下さい。

 クロードはそう言って、駆け足で通りを駆けて行く。

 シズルは路地の入り口で、壁に背をつけて寄り掛かった。


(今日は、やけに疲れたな……)


 一人になったシズルは、細く長い溜め息を吐く。

 報償金の件で連絡があると呼び出された先に、鄙にまれ見る美青年が現れた時点で向こうの思惑は知れた。

 どこも考えることは一緒だと、呆れる気持ちはあっても驚きはしなかった。

 甘味の山を出された時はぞっとしなかったし、美しい花々を見せられそうになった時は、あまりの馬鹿馬鹿しさに嗤い飛ばしたかった。

 お前らは女だてらに名を馳せた女傭兵が欲しいのではなく、菓子と花を好むどこにでもいるような小娘を望んでいたのかと。

 唯一のシズルの誤算は、騎士にして線も細く、軟弱そうだった自分の餌(クロード)だ。ちょっと脅せば泣いて逃げるだろうと思ったのに、変な所で肝が据わっていた。


(お陰で、珍しく最後まで付き合うことになった……)


 乙女じみた趣味だけは理解できなかったが、交わした会話を思い返してみれば、別に不愉快にさせられることもなかった。時どき突拍子もないことを言うくらいだ。

 傭兵時代の仲間うちにおいては、沸点が低さに定評のあった彼女にしては珍しいことである。


「……楽しいことを探せ、か」


 くっとシズルは短く笑う。

 泥にまみれて戦場を彷徨っていた『血啜り』に、随分難しい注文をしてくれる。

 良く知らないからこそ気軽に言えるとは本人の談だが、それにしてもそこまであっさり言われれば気も抜けるというものだ。

 命のやり取りだけがこの身を昂らせる唯一の燃料だった自分に、今さらそれ以外が見つかるとは思わないと、シズルはつまらなそうに鼻を鳴らした。


「よお、ねえさん楽しそうだねぇ」

「ちょうどいいや。ちょいっと、……俺らに金恵んでくれね?」

「ぶはははっ、直球過ぎだろ」


 シズルはすいっと伏せ気味だった視線を視線を向ける。

 身なりの悪そうな三人連れがニヤ付いた笑みを浮かべながら、こちらを囲むように近付いてきている。

 どこの国にも似たようなゴロツキはいるものかと思ったが、どうやら顔立ちや服装を見るに何処ぞからの流れ者のようだ。なるほど、どうやら似た者同士は己の方かとシズルは内心苦笑する。


「な、なんですか……?」


 距離を詰めてくる男たちから、シズルは怯えた素振りで後退り、路地の奥へと身を潜り込ませる。三人はこれ幸いと言わんばかりに暗がりへと引き込まれていった。

 

「おねえさんと遊んであげてもいいけど……」

「んー、これだったら貰った金で女買う方がよくね?」

「ははっ、ひっでえな。ま、そういうことで、金さえくれたら酷いことはしねえからさ」


 ニタニタと下品に笑う男たちを前に顔を伏せたシズルは、その陰で彼らに負けず劣らず品の悪い、舌なめずりをせんばかりの邪悪な笑みを浮かべていた。

 小柄で線の細い体躯のシズルは、視線を伏せがちにするとオドオドとした気弱そうな女性に見える。傭兵時代の仲間からは食虫植物と呼ばれたその容姿を活かして、シズルはよく暇に飽かせてチンピラ狩りをしたものであった。


「や、やめてください。人を呼びますよ……!」

「はっ、呼びたきゃ呼べよ」

「呼んだところで、この国の衛兵ごときひと捻りだがな」

「……ほぅ」


 意図せずつい癖で垂らしていた釣針だとしても、せっかく掛かった魚だ。

 軽く料理してやろうと思いながら演技を続けるシズルだったが、ふいに眉根を寄せる。

 男たちは馬鹿にしきった表情で、この国と騎士たちを必要以上にこき下ろす。


「平和ボケした軟弱者どもに、大戦を潜り抜けてきた俺達の相手が務まるかってのっ」

「やれ飯がどうした絵がどうしたって、どいつもこいつも頭に花が咲いた阿呆ばっか」

「こんな国、いっそ戦でまるごと焼かれちまえば良かったのによ」


「……へえ」


 戦火に巻き込まれろ、とまでは思わずとも似たような感想はシズルも抱いたはずだった。

 しかしそれを彼らの口から聞かされると、不思議と腹の奥がちりちりとする。

 甘味の山を前にして、ほわほわと気が抜ける笑みでこちらを見る騎士の顔が、一瞬脳裏に浮かんだ。


「ほら、いいから財布出せって……って痛ええええっ!!」


 苛立ちの理由も分からぬまま、シズルは男の腕を取り、捻り上げた。


「大戦を潜り抜けた、ねえ。あんな糞ったれな糞みてえな場所で、糞塗れになりながら生き抜いたことの、何が自慢なんだか」


 純粋に疑問を感じながら、シズルは外套の陰に隠れていた剣を引き抜く。


「そんなに糞が好きなら、てめえの腹かっ捌いて取り出した糞袋を撒き散らしてやるよ」

「ひ、ひいぃぃっ」


 残りの二人が怯えた表情でこちらを見ている。暴れる男の関節を極めて動きを抑制し、シズルが凶悪な悦びに身を任せようとした時、凛とした声が彼女を打った。


「何をしているんですか!?」






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