11 ささやかな提案
それからが、なかなか大変だった。
さすがにふたりでは人手が足りないという事で、急きょ王都の詰め所に戻って人員を派遣してもらい、屋敷の捜索にかかった。
結果、家内ではなく庭の納屋から地下に続く階段が見つかり、とうとう行方不明だった女性や子供を発見するに至ったのだ。
彼女たちをそこに閉じ込めていたのは、人身売買組織に依頼された王都近隣の犯罪者たちで、誘拐してきた女性の様子を見に戻ってきたところを、待ち伏せしていた騎士たちが捉えたことで経緯が発覚した。
後日に分かった事だが、その人身売買の組織を探り追いかけたところ、国外まで繋がっていた。捜査はその後も何ヶ月も続く、だいぶ根の深い事件となった。
日は完全に落ち、屋内はもとより野外であってもすっかり夜の帷に覆われている。
しかし、日中とは違い、誘拐犯の捕縛や拐われた女性たちの保護、現場の調査やらに派遣された騎士たちで、周囲はだいぶ賑やかだった。
「お疲れ様でした、シズルさん。とんでもない事になっちゃいましたね」
「まったくだよ」
手持ち無沙汰に玄関先に座り込んでいたシズルに声を掛けたのは、クロードだった。
シズルはうんざりとした顔で、地面に足を放り投げている。
「だいぶご活躍なさったと聞きましたよ」
「あんなの、活躍なんてもんじゃねえよ。結局、呆気なく終わっちまって、逆に欲求不満が溜まっちまった」
そう深々とため息をつくが、シズルにとっては仕方がないだろう。
戻って来る誘拐犯を待ち伏せする段になって、シズルはその人員から外されていた。
これはシズルの仕事では無い、と言うのが表向きの理由だ。しかし実際は誘拐犯を切り殺されでもしたら事情聴取ができないと、現場の騎士たちが危うんだのが本音だろう。
そんな感じで、一人現場から外されていたシズルだが、結局彼らはシズルの手を借りる羽目になった。
騎士たちが取り逃した誘拐犯の一人が向かったのが、シズルが待機していた方面だったのだ。シズルはそいつを嬉々として切伏せた。
重症を負った誘拐犯だが、命まで取られなかったのはシズルが気を遣った結果である。あるいは手加減も知らない狂戦士扱いした騎士たちに、見せつけてやりたかったのかもしれない。
それ見ろと、シズルの高笑いが聞こえるような結果だった。
「それでも、お手柄でしたよ」
そう言いながらクロードが差し出してきたのは、中身の入った酒杯だった。
キョトンとした顔をするシズルに、クロードは笑いかける。
「ほら、地下室の葡萄酒。このドタバタですっかり忘れてたじゃないですか。見に行ったら栓を開けておいた分がいい感じに開いていたので、持ってきました」
「お前、本当にそこらへん図太いよな……」
呆れた顔でそう言いながらも、シズルは受け取った酒盃に口をつける。
最初に飲んだときは、酸っぱいばかりですかすかの、ろくに味もしない葡萄酒だとおもった。
しかし時間をおいたことで、徐々に何十年もの眠りから目覚めたその酒は、がらりと様相を変えていた。
伽羅や白檀などの香木のような艶やかな薫りに、香辛料にも似た緻密な刺激が混じる。
鉄や木炭を思わせる力強い渋みは、より味わいを濃厚にし、栗や松の実に似た存在感を舌に絡ませた。
果実味をしっかり残した酸味は、爽やかにに鼻の奥を抜けていき、酒精の刺激が不思議なほどまろやかに喉を通りすぎる。
その感動にふっと、息を吐いたとき感じられるのは、山茶花や梔子といった花の気配だ。
長い月日をぎゅっと凝縮したような、濃厚で味わい深い、美味い酒だった。
「うん、これは素晴らしい。作りたての若い葡萄酒も勿論良いですけど、複雑で神秘的な古酒の魅力も格別ですね」
「これは美味いな……。キツめのチーズなんかで、ぐっといきたくなる」
「ぐっといきましょうよ。確認したんですけど、あそこの葡萄酒はシズルさんが貰っていいらしいですよ」
調査の一環で、シズルに屋敷を紹介した商人にも話を聞いたのだが、商人自身は人身売買組織とも犯罪者たちとも繋がりはなかった。
以前にこの屋敷を所有していた者も同様であるが、験が悪かったのか何なのか。屋敷の持ち主はここ何十年かの間に次々と入変わっており、そもそもどんな謂れの誰の屋敷だったのか、今ではさっぱり分からないらしい。それでも、悪者共と縁続きでないことだけは確かだろう。
最終的に所有権を得ていた家貸しの商人も、名義上は所有しつつも、管理も何もほぼ放棄していた屋敷を悪人が利用していたことに、すっかり怖じ気づいてしまったらしい。
その流れで、クロードが地下室の酒蔵の所有権について尋ねると、あっさりとシズルにそれを譲った。
もっとも、あとからその価値に気付いたなら、商人はきっと地団駄を踏んで悔しがるだろう。
酒蔵にあった酒は、いまでは手に入らないものも多く、保管されてきた年月を考えるとそれだけでひと財産になるだけの価値があった。
「……お前、実はかなり……」
シズルが何かを言いかけ、首を振ってやっぱりいいと撤回する。
しかしまじまじとクロードを見る目は、得体の知れないもの見るような色が混じっていた。
「ぐっといけと言ったって、それをする場所もないな。この屋敷は、もう住めないんだろう?」
さらりと言うシズルだが、その声には僅かな落胆が混じっているように感じられた。
残党が戻ってくるかも知れないということで、この屋敷は騎士団預かりになった。
畢竟、シズルは住む場所を失ったのだ。
「次の寝床が決まるまで、どうするかな……」
「そのことなんですが」
クロードの言葉に、シズルは視線を向ける。
真っ直ぐにシズルを見るクロードの目には、隠し切れない緊張感があった。
「シズルさんさえ良ければ、俺の家で暮らしませんか?」




