7 棚から葡萄酒
もうもうと埃や塵が舞い、砕けた木材がぱらぱらと振ってくる。
口の中にもじゃりじゃりとした感触を覚えながら、クロードは咳き込んで呟く。
「び、びっくりした……」
これは予想外だった。
確かにぼろぼろの家ではあったが、よもやいきなり床が抜けるとは思わなかった。
もう少し明るければ、床板がすでに限界であったことも気付けただろうが、薄暗い部屋ではそれも難しい。
日頃から徳を詰んでいたのが良かったのだろうか。尻や背中が痛くはあるが、受け身も無事取れたようで、運良く怪我一つない状態でクロードは穴の空いた天井を眺めていた。
「それにしても、ここは……地下室?」
きょろきょろとあたりを見回すが、上の部屋以上に暗いこの部屋の様子はまったく分からない。
とりあえず灯りをつけようと、握り締め続けていた鞄に手をかけた時、頭上から声が降ってきた。
「おい、退け」
嫌な予感を覚えたクロードは、咄嗟に転がるようにしてその場を移動する。
ちょうどクロードがいたその場所目掛けて、頭上から何かが落下した。
「なんだ。思ったより元気そうじゃないか……」
「シズルさん!」
シズルの手には鈎縄が握られており、救出に来てくれたのかとクロードは歓迎する。
クロードが怪我で動けなかった場合は、落ちてくるシズルの緩衝材になった訳だが、そこは考えないことにする。
「妙に頑丈な男だな」
「運が良かっただけですよ。シズルさんはこの地下室のことはご存知でしたか?」
照れてれと謙遜しながら、クロードは尋ねる。シズルは首を振った。
「いや、知らなかった。この家を借りるときも、地下のことは何も言われなかったからな」
「その人も知らなかったのかな……?」
もしかすると、廃材か何かで入り口が塞がれていたのかも知れない。そう思いながらようやく明かりをつけたクロードは、浮かび上がってきたものを見て歓声を上げる。
「酒蔵じゃないですか!」
そこは地下の酒蔵だった。
ひんやりと冷たい地下は、酒を保存するのにさいてきだったのだろう。
瓶に詰められた葡萄酒が、細かく区切られた棚に何本も寝かされている。
「すごい! コルクが傷んで駄目になっちゃってるのもありますけど、無事なお酒も多いですよ。うわ、これなんて外じゃもう手に入らない奴ですよ」
「ああ、そりゃ良かったな……」
呆れたようにシズルが返すが、クロードの耳には入ってこない。
クロードは興奮しながら、瓶を一本手に取る。
「シズルさん! 今これ飲んでみませんか!? イリーレンス地方の五十年ものなんて、普通ちょっとお目にかかれませんよ!」
そっちの箱には酒杯が入ってますし、と取って来いをした犬のように、目を輝かせて戻ってきたクロードだったが、シズルの前まで来たところでぶんぶんと振っていた尻尾をシュンと下げる。
「開ける道具が、なかったです……」
しかもこんな古い瓶を開けようと思ったら、開封の際には万全の注意を払わなければならない。
見るからにしょぼんと落ち込むクロードを前に、シズルは溜息をつく。
「……おい、その瓶をこっちに向けてみろ」
キョトンとしながらクロードが瓶を差し出すや否や。
抜く手も見せずに振り抜いたシズルの剣が、瓶の首を落とした。
目を丸くしたクロードは、感極まってシズルに抱きつく。
「うわあ! さすがです、シズルさん!」
「なんで私がこんな事を……」
それを払いのける気力も失ってらしいシズルは、深々と大きな溜息をついた。