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麗しの守護騎士様は人斬り女を嫁にする  作者: 楠瑞稀
二章 君は人の血、おれは葡萄の血汐を吸う
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6 相互不理解





「……は?」


 クロードは目を丸く、皿のようにする。


「襲われるって、俺がシズルさんにですか!?」


 確かに腕っ節はシズルの方が明らかに上だろう。

 シズルは団長と手合わせできる程度に強い。一方クロードは、後輩騎士との模擬戦でも五戦中一回は負ける程度だ。先輩騎士とやっても五戦中一回くらいは勝つが、ブルックナー隊長にいたっては相手にもしてもらえない。

 仮にシズルに襲われたとしても、クロードは手も足も出ないだろう。


「なんでシズルさんが、俺を襲うっていうんですか」

「分かってねえなぁ、お前はよ……」


 シズルは苛立たしげに、ガリッと頭皮を掻きむしる。

 しかしクロードには、むしろシズルの目が不安に揺れているように見えた。


「私は血に飢えた人斬り女だぞ。そんな奴に、こんな廃墟に誘い出されて、普通は何か裏があると疑うもんだろうが」


 クロードはきょとんとした顔で首を捻る。

 シズルはさらに苛立ちを増したかのように、語調を荒くした。


「お前がこんな所にいるだなんて、誰も知らない。私が欲望に任せてお前を切り捨てたとしても、それがバレることはないんだっ」


 赤黒い彼女の目の、朱が強みを増す。ぎらりと光る瞳は、まるで獣の瞳孔のようだった。


「えーっと……」


 クロードはこれまでの作業でかいた汗を拭いながら、困った顔をする。


「シズルさんが俺を襲うかも知れないとは、まったく想像してなかったです。でも、シズルさんは思い違いをしてますし、貴女が俺をここで斬り捨てたりしないだろうと思う理由だったらあります」

「……なんだよ、それ」


 鼻面に皺を寄せて、シズルは唸る。それを答えを促されていると判断して、クロードは口を開いた。


「もし、シズルさんが誰でもいいから斬り殺したいというなら、別にわざわざ俺を選ぶ必要はないはずです。いつ会えるか分からない俺よりも、手頃な相手はいくらでもいた筈ですから」


 今回、クロードがシズルに声を掛けられたのだって、たまたまシズルが団長と手合わせしているという話を聞いたからだ。

 それがなければ、クロードがシズルと顔を合わせたのは、いつになったか分からない。


「それに、人気のない所に呼び出してこっそり、というのもシズルさんらしくないです」

「私らしくないって、何を根拠にそう思うんだよ」

「だってシズルさんに、こそこそする理由はないでしょう?」


 当たり前のことでも言うような顔で尋ねるクロードに、シズルは口を噤んだ。


「誰かを殺して、それを隠蔽してまでこの国に居続けたい理由なんて、シズルさんにはないはずです。気に入らなければ、シズルさんはいつだってこの国を出て行けるから」


 報奨金はすでに受け取ったあとだ。

 捕まるのが嫌なら、斬り殺したその足で国を出れば良い。

 この国に二度と足を踏み入れることはできなくなるかも知れないけれど、国の外まで追い掛けられることはまずないはずだ。


「あと、シズルさんは俺たちがこんな所にいるなんて誰も知らない、とおっしゃいましたがそれはちょっと違いますよ」


 今度はシズルが訝しげな顔をする。


「俺は結構目立つので、たぶんここまで来る道すがら俺のことを覚えている人は、かなりいると思います」


 どこに行こうとしていたのかは分からなくても、目撃者の証言をひとつひとつ当たっていけば、その先にこの屋敷を見つけるのはそう難しいことではないだろう。


「そして、俺がシズルさんと一緒にいるというのも、すぐ分かると思います。だって俺、言っちゃいましたから。これから、シズルさんのお手伝いをするんだって」

「は? いつの間に!?」

「サンドイッチを買ったパン屋さんで」


 ニコニコと楽しそうな顔でサンドイッチを買う姿を見て、どこかに出掛けるのかと尋ねてきた顔馴染みの店主に、クロードは嬉々として答えたのだ。


「シズルさんに頼ってもらったのが嬉しくて、つい……」

「もう、いい」


 照れたように頬を掻くクロードに、シズルはとうとう大きな溜め息をついた。


「やっぱり、お前の考えることは、さっぱり分からん……」


 吐き捨てるようにそう言い、シズルはクロードに背を向ける。

 いったいこれは何のやりとりだったのか。

 彼女は自分を害するつもりはないようだし、余計分からない。

 不思議に思いながら、その背をぼんやり見ていたクロードだったか、ふいに天啓のごとく、それに気付いた。


(俺がシズルさんのことが知りたいと思ったように、シズルさんも俺が何を考えているのか知りたかった……?)


 その考えにいたったクロードは、慌てて顔を上げる。


「シズルさん! 待って下さい……っ!」


 そして彼女を追い掛けようと無造作に足を踏み出した瞬間、ぐにゅりと足下が歪んだ。


「……え」


 みしっ、ぶずずっと、普段耳にする機会もそうないような嫌な音が響いたと思った時には、クロードの足はそのまま下に沈んでいく。


「え、ええぇぇええっっ!!?」


 悲鳴を掻き消すような轟音と共に、クロードは床下へ落ちていった。



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