5 廃墟の化物
シズルが借りたという家は、彼女が一人で住むにしては大きすぎるほどに立派なものだった。
街外れの、森の手前に建っていることもあって、周囲に他に家はない。たまに鳥の鳴き声が聞こえるくらいで、大変静かな立地にあった。
緑豊かな広い庭に、蔦が這う白い壁。2階建ての屋根には風見鶏がくるくる回っている。
かつてはどこぞの貴族の別荘だったのだろうか。
古式ゆかしい建築様式のその屋敷は、昼は庭で鳥の声を聴きながらのお茶会、夜は煌めく燭台を灯しての夜会を行うような、家主の優雅な生活を容易に想像させた。
そう、およそ五十年前の頃なら。
「幽霊屋敷じゃないですかッ!?」
「失礼なことを言うな」
思わず悲鳴じみた声をあげるクロードに、むっとシズルが顔をしかめる。
「確かに、斡旋をしてきた商人は、言っていた。夜になると女子供の悲鳴や泣き声が聞こえてくるという、不穏な噂のある家だと」
「それ、あきらかに何かの存在を臭わせてきてますよ! 絶対にお化けが——、」
「黙れ」
ピリッと痺れるような、一言だった。
声を荒らげる訳ではない。しかし有無を言わせぬ威圧感のある声に、クロードは言葉を失う。
「幽霊なんてものは、存在しない」
重々しく、シズルは言う。
「繰り返せ。幽霊は存在しない」
「ゆ、幽霊は、存在しない……」
確固不動の響きのある、有無を言わせぬ声だった。
「そう。だから何も問題ない。——幽霊は存在しない」
三回も言った。
クロードは賢明にも、それ以上は口をつぐむことにした。
外見からしてかなり年季を感じさせる屋敷であったが、中はそれ以上だった。
厚く堆積した埃に、腐った床板。壁紙はビリビリに破け、あちこちに山積みにされた廃材は虫や鼠の巣となっている。
人が住まなくなってから、どれだけの年月が経過したのだろうか。
有り体に言って『廃墟』と呼ぶのが相応しく、シズルにこの家を紹介した斡旋人としてもよもや本当に借りるとは思っていなかったに違いない。
控えめに言って、人が生活するにはもっといくらでも適切な場所があるだろう、と断言できるような状態だった。
しかしながら、片付けに呼ばれた以上は、思うところがあっても作業に専念するより他はない。
花を愛で、詩作に耽るばかりの日々を送っていそうな外見のクロードであるが、騎士であるからには肉体労働には慣れている。
だがこの屋敷を片付けるには、二人ではさすがに荷が重い。食事を奢ることと引き換えに、後輩たちに手伝いを依頼することもクロードは考えるが、シズルが良く思わないだろうとすぐに諦めた。
重い廃材を引きずるように野外に運び出す作業をしていると、シズルがやってきてクロードに声をかけた。
「おい、そこは良いからあっちの奥の部屋を片付けてくれ」
「わかりました」
素直に返事をして、クロードは指示された部屋に向かう。
シズルの言うそこは、屋敷のさらに奥、庭に面した部屋だった。この部屋も、ほかの部屋同様に荒れ果てて、壊れ打ち捨てられた家具や廃材が転がっている。
しかも雨漏りでもしているのか、床がだいぶ痛んでおり、場所によっては腐った床板が抜ける畏れすらあった。
野趣豊かな庭を映すべき窓はすべて板が打ち付けられており、まだ昼間だというのにほとんど真っ暗だ。足下の危険もあり、真っ先に窓の板を剥がすか、灯りを用意しなければ、ろくに作業もできそうにない。
「シズルさんも、こんな部屋よりも先に台所や水場を片付ける方が良いと思うんだけどなぁ」
そう言いながらも、家主の希望通りに掃除を始めることにする。まず何か灯りが付けられるものを持っていたかと、クロードが自分の荷物を手にした時、ふいに入り口に人の気配を感じた。
「あれ、シズルさん。どうしたんですか?」
クロードは首を傾げる。
そこにいたのは別の部屋の片付けをしている筈の、シズルだった。
打ち付けられた窓の隙間から、僅かながらでも日の光が入る部屋よりも、壁に囲われた廊下の方がなお暗い。
「あ、もしかしてお腹減りましたか? それなら——、」
「お前さん、本当に無防備だよなぁ」
そんな暗闇を背後に、シズルの目が赤黒く光る。
不機嫌そうなシズルの視線が、咎めるようにクロードを見ていた。
「あの、何か俺、シズルさんの気に触るようなことでもしましたか?」
自分が何かをしてしまったとして、まったくもって心当たりがない。
クロードはシズルが何を考えているのか、さっぱり分からなかった。
「……お前は、こぉんな人気のない所にまでノコノコ付いてきて、怪しんだりしなかったのかよ」
「何をですか?」
言葉の意味か読み取れない。
シズルの考えがまったく理解できないからこそ、クロードはそれを知りたいと思った。クロードは根気強く彼女に答えを求める。
しかしながら、彼女が告げた言葉はまったくもって想像外のものだった。
「私に襲われるとは思わなかったのかって、聞いてるんだよ」




