4 冗談はやすみやすみ
シズルはちょうど、騎士団本部の通用門から出ようとしていたところだった。危うく追いついたクロードは、安堵に大きく息をついて彼女と肩を並べて歩き始める。
「別に、仕事を優先して良かったんだぞ」
「ですから仕事じゃないんですって。シズルさんはお気になさらず」
ギュンターから預かった書類は、半ば投げ捨てるようにして経理班室に置き去りにしてきた。
室内にいた事務班員たちは目を白黒させていたけれど、きちんとギュンターの名を名乗って書類を置いてきた。なので、質問があれば彼に問い合わせが行くたろう。
そう考えて、クロードは自身の罪悪感に蓋をする。
「それで、手伝いが必要な件というのは、何なのでしょう?」
「家の片付けだ」
仔犬のように首を傾げて尋ねるクロードを見もせず、シズルは簡潔に答えた。
「片付け、ですか……?」
クロードはキョトンと瞬きをする。
頼られた嬉しさで、中身も聞かず手伝いを了承してしまったが為、何の片棒を担がされることになっても良いよう、腹をくくる覚悟でいた。
しかし、耳に入ったのは存外平和な一言で、クロードは逆に肩透かしを食らった気分だった。
「お前のところで世話になると決まったからには、住む場所が必要だろう。町外れに一軒家を借りてな」
その時はまだ報奨金も貰えず懐が寂しかったから、立派なものではないが。
チクリとそう言うシズルに、クロードは眉尻を下げる。
「あのときの報奨金は、色を付けて払ったと聞いてます。どうか勘弁してくださいよ」
「冗談だよ」
この国の騎士団にシズルが勧誘される原因となった賊の捕縛、ないし殲滅時の報酬は先日ようやく支払われたと聞いた。
それはシズルに対する疑いが完全に晴れたと言うことでもある。
クロードも後から聞いて初めて知ったことだが、シズルには賊の一味である疑いが掛けられていたらしい。あれだけ短時間で何十人もの賊を皆殺しにできたのも、彼女がもともと彼らの一味だったからではないか、ということのようだ。
そんな疑いが掛かっていてなお、勧誘を試みた団長以下上層部の決断には、いろんな意味で舌を巻く思いであった。
勿論、シズルにはこのことは内緒だ。
「うちの騎士団には寮があるのですが、それはご存知ですか?」
騎士団には、基本若手や中堅どころの独身者が借りる寮があった。
食事は出るし、お金を払えば洗濯もしてくれるので、食事を作る暇もないような新人、身の回りを整えるのが苦手な者たちはありがたく籍を置いている。
クロードも以前は世話になっていた、馴染みの場所だ。
「確か女性専用の一角もあったはずですが、そこは紹介されませんでしたか?」
「確かにされたな」
では何故わざわざ外部に家を借りる必要があるのか。クロードは首を傾げる。
シズルは目を赤黒く輝かせ、にんまりと邪悪に笑った。
「もし私が人を斬りたくて我慢できなくなった時、周りに誰かいたら危ないだろう?」
ひくりとクロードは頬を引きつらせる。
「そ、それこそ冗談、ですよね……?」
「さてね」
くつりと底の見えない笑みを零し、シズルは目を細める。
しかし蘇芳色の瞳がちっとも楽しげに見えないことに、クロードはひゅっと背筋が冷たくなるのを感じた。
「なあ、お前……」
「あ、シズルさん。ちょっとだけ待っていてください」
シズルがなにか言いかけるのに気づかず、ふいにクロードが顔を上げる。シズルが怪訝に思う間もなく、彼は彼女のそばを離れて小走りに何処かへ向かった。
そして戻ってきた時には、彼の腕の中には包みが抱えられていた。
「あそこのパン屋さんのサンドイッチは絶品なんです。昼過ぎだと売り切れてしまうことが多いんですが、この時間だとまだ残っていました。シズルさん、昼食はまだ召し上がられていないですよね」
「お前、結構図太いって言われるだろう……」
ホクホク顔で問いかけるクロードを、シズルは奇妙な物にでも向けるような目で見る。
クロードはキョトンと目を瞬かせた。