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麗しの守護騎士様は人斬り女を嫁にする  作者: 楠瑞稀
二章 君は人の血、おれは葡萄の血汐を吸う
12/23

1 仕事終わりの頼まれごと




 薄暗いその部屋の光源は、窓に打ち付けられた板の隙間から差し込む、僅かな日の光だけだった。

 廃材や埃だらけのその部屋に、斜めに差し込む陽光は、散った塵をきらきらと光らせる。

 湿気に含まれる黴や腐った木材の臭いが、鳥の鳴き声も遠い、肌寒いこの部屋の静けさを、より陰々と募らせていた。


「お前さん、本当に無防備だよなぁ」


 そんな部屋の静寂を切り裂くのは、低く淡々とした女性の声だった。


「お前は、こぉんな人気のない所にまでノコノコ付いてきて、怪しんだりしなかったのかよ」


 街からは遠いこの場所を、気紛れに尋ねるものはいないだろう。

 悲鳴は勿論届かず、転がる亡骸に人が気付くまでどれだけの月日を要することか。


 向けられる視線には、煮えたぎるような激昂もなければ、欲望に震える愉悦もない。

 ただその目は、まるで血のように、あるいは極上の葡萄酒のように、ぬるりと赤黒い光を弾いていた。



「私に襲われるとは思わなかったのかって、聞いてるんだよ」






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 初夏の空は高らかに晴れており、時折その暑さに汗が顎をつたう。

 早番勤務の終わりの、地獄と紙一重の平時訓練を終えたクロードは、まるで通り雨にでも降られたかのように、全身がぐっしょり濡れていた。

 もっとも、鄙に稀なる美青年であるクロードであれば、汗まみれだろうと泥まみれだろうと、その麗しさに陰りが生じることはない。

 顔に自信のない諸兄からは「このイケメン様めッ」と毒づかれるのもむべなるかなである。


 そんなクロードは、現在訓練場からではなく守護騎士団本部庶務室からの帰り道にいた。

 部隊長が溜めに溜めきった書類を、代わりに提出しに行かされていたからだ。

 もっともそれはクロードが所属部隊で使いっぱしりにされていたり、ひとりイジメを受けてたり、と言う理由からではない。

 間の悪いことに、完成書類を一山積み上げた直後の部隊長の前を、うっかり通り掛かってしまったのだ。

 賢い先輩たちはさり気なく、しかし見事な先読みで部隊長が顔を上げた時には背を向けたり、視線をそらしていた。だから、これはクロードの油断の結果と言えよう。

 ちなみに後輩たちは訓練場でへばって動けなくなっているので、数にはかぞえないものとする。


 書類の山の配達を請け負うことになってしまったクロードだか、幸いにも気難しい庶務室の室長からのお説教まで、代わりに引き受けることにはならずにすんだ。

 不憫なものを見るような目で見られたあと、残りの書類の催促を託された程度である。

 もっともそれは、二山目、もしくは三山目の書類への登頂に挑む、部隊長へ直接言ってもらいたいものである。

 何しろそれこそ、再三たる事務部隊からの催促を無視し続けた部隊長の、自業自得なのだから。お陰で部隊長は、団長直々に訓練への参加を書類提出まで禁止されている。

 筋骨隆々の熊めいた見た目に反さず、事務仕事より実戦、実戦がないなら訓練の方が性に合っているのが、クロードの上司であるブルックナー隊長という人物だ。

 冬眠明けの熊もかくやと言わんばかりに、鬱憤を溜めに溜めこんでいる今の隊長には、近寄らないに越したことはない。

 勤務時間はとっくに終わっている。頼まれた書類も渡し終えた。なのでクロードは、今日はさっさと職場を上がることを決めていた。






「……へっぐし」


 中央棟を過ぎた辺りでクシャミが飛び出し、クロードは鼻をこする。


「汗を拭く間もなかったから、冷やしたかな」


 さもなければ、何処かで噂になっているかだ。

 人がいないところでされる噂話などろくなものではない。

 当人の資質に関係なく、良きにせよ悪きにせよ目立つことの多いクロードは、それをよく知っていた。


「おや、麗しの騎士クロード君じゃないか」

「げっ、ギュンター……」


 ふいに掛けられた声に視線を向けたクロードは、嫌そうに顔をしかめる。

 同期の中では一番の出世頭であるギュンター・シュッツが、銀縁の眼鏡を光らせながら嫌味な笑みを浮かべていた。


「君は平時訓練の後かい。お疲れ様だね。僕はこのところ、難事件の調査に追われていて平時訓練に出る暇もないよ」


 馴れ馴れしい労いの言葉もそこそこに、自慢げな顔でギュンターは自身の苦労を嘆く。

 もっともその身振りは大仰で、なんとなく芝居じみた印象を与えてくる。

 悪いやつでは無い。悪いやつでは無いことは分かっているが、騎士学校で共に机を並べていたときから、どうにもクロードはギュンターとは反りが合わなかった。


 何かと助け合う機会の多い同期は、大事にしなければならない。

 それを自分に言い聞かせ、クロードはギュンターと向き合う。


「知っているかい? 最近、王都周辺で子供や若い女性が行方不明になることが立て続けに起こってね」

「それ、別に俺とは関係ない情報だよな」

「これは単なる家出ではないと、僕らの部隊が調査に乗り出すことになったのさ。僕はその調査班の情報取りまとめ役を任されて、大忙しだよ」

「別に聞いてないし聞きたくもないし」


 ギュンターは不服そうな表情で、クロードを見る。


「君、普段あれほど八方美人の割に、僕に対してだけ塩対応じゃないかい」

「そうかな?」


 さっぱり心当たりのないクロードであった。


「まあ、いいよ。そんな訳で、僕の代わりにこの書類を経理班に届けてくれないかい?」

「なんで俺が!? だいたい俺、ついさっき庶務室から戻ってきたばかりなんだけど!」

「若い女性と言えば」


 いきなり雑務を押し付けられそうになり気色ばむクロードの言葉を断ち切るように、ギュンターは唐突に話題を変える。


「君が連れて帰ってきた女傭兵」

「シズルさんな」


 クロードが上司に命令されて勧誘したシズルだが、所属に関しては騎士団長直属という特別待遇を受けていた。

 そのため、広報採用とは言え一騎士のクロードが彼女と顔を合わせる機会は、さっぱりないと言って良かった。

 クロードとしては、自分が呼び込んだ彼女が元気にしているか、困ったことになっていないか、気にならないと言っては嘘になる。

 しかしながら、自身の仕事の忙しさもあり、様子をうかがうことすら出来ないのが現状だった。


「その彼女だけど、ちょうど今、経理班室に行く途中の第三演習場で、団長と手合わせしているらしいぞ」

「本当か……っ!?」


 クロードは思わずギュンターの肩を掴んでいた。



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