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麗しの守護騎士様は人斬り女を嫁にする  作者: 楠瑞稀
一章 花と酒、君も浮かれる春の季節に
1/23

1 麗しの守護騎士クロード




 陽が完全に落ちた、暗い路地裏。

 地を這う小動物の気配と下水と汚物の据えた臭いのするそこに、命の危機に瀕した男の緊張と切迫感から滲み出る、浅い呼吸音が加わる。

 路地の隙間に差し込む街灯の、僅かな明かりを反射するのは三筋の光。

 一つは鋭く研がれた刃の切っ先。

 長らく人の血肉を切り裂いてきたそれは、薄っすらと曇り鈍い黄色の光を弾く。


「何をしているんですか!?」


 そして残りは、凛とした声に向けられた、赤黒く歪に燦めく二つの光。

 残忍な人斬りの歓びに輝く、女の二つの眼だった。





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 首都の中心部に位置する、やや古めかしい石造りの建物——守護騎士団本部には、日頃は内勤や休憩中の人間がどこか手持ち無沙汰に居座っていることが多い。しかし今日この日に限っては、怒声に似た号令が響き渡っていた。


「急げ! 今を逃したら、またどこぞに雲隠れされるぞ! 一気に強襲するんだ!」


 普段は眠たげな目で書類に署名をしている団長が、かっとその細い目を見開いて指示を出している。それに追い立てられるように、若手から熟練の騎士たちまで、揃ってドタバタと出撃の準備を整えていた。

 国を守る役目を背負った守護騎士たちが、今こそその本領を発揮せんとしているのだ。



 そんな慌ただしい様子の騎士たちがいるヴィルピ二ア王国は、大陸の片田舎にある小さな国である。

 国の規模は小さいし、それ以前に人が住むのに適さない高山や奥深い森が、その領土の大半を占めている。

 国の御柱となる王族の方々も、恐らく他の大国に比べると大層おっとりとした呑気な性格をしており、国民性も含め全体的に普段はのんびりとした平和な土地であった。


 だが、そんな長閑なヴィルピ二ア王国の内部にここ数ヶ月の間、ぴりぴりとした不穏な空気が漂っている。

 大陸の田舎に位置する弱小国(ヴィルピ二ア)には欠片も関係がなかったが、一年ほど前に、大陸内部の複数の大国同士がぶつかり合う大掛かりな戦が終結した。何千何万の兵士が血を流し死にゆくような長年に渡る戦争はおしまいになったものの、二十数年にもおよぶ泥沼の戦いは各地に大きな傷跡を生み、いくつもの禍根を残した。

 そのうちの一つが、兵たちの失職である。


 徴兵されていた民間人は、それぞれ住んでいた土地に帰るだけだ。

 だが、産まれてからずっと戦場に生きていた者たちは、いざその活躍の場を失えば、どこに向かえば良いか、何をすれば良いか分からなかった。

 特に戦の最中であれば見逃されていた略奪や虐殺、強姦などの非道の味を、忘れられなかった者たちもいる。

 そうした者たちが職を求めて大陸各地に散っていき、やがては食い詰め卑賊へと転身していった。


 平和なヴィルピニア王国にも、そうして犯罪者へと身をやつした賊の一団が入り込んだ。

 もちろん国を守る騎士たちは、懸命にそうした者たちを捕まえようとはしていたが、何しろ深い森や高い峰に囲まれた国だ。逃げる場所、隠れる場所は豊富にある。

 幾度となく捕縛の機会を逃した騎士たちは、いい加減痺れを切らしていた。

 そんな中、賊どもの隠れ家の情報が飛び込んで来たのだ。それをうかうかと見過ごせる筈がない。

 一団を率いて強襲することが即座に決まったのだ。




「クロード、準備はできているか!」

「はい……っ」


 部隊長に激励の籠った馬鹿力で背を叩かれ、クロードは思わず涙目になりながらも声を張り上げる。

 ヴィルピニア王国に騎士団は、大きく分けて三つ存在する。


 王族や賓客を護る『近衛騎士団』。

 国境いに駐在し、他国の脅威から国を護る『国境騎士団』。

 あらゆる危機や問題から国民を護る『守護騎士団』。

 

 今回、賊の討伐を行うのは、『守護騎士団』であった。

 クロード・フランシス・シュタインハウエルは守護騎士団に所属して四年目の、そろそろ新人呼ばわりを脱却してもよい頃合いの青年騎士である。

 産まれは男爵家の第五子であるが、この小国のことさら田舎に領地を持つ男爵家であるから、両親は領民と一緒に畑を耕しているし、クロードも自分の食い扶持くらい自分で稼いで来いと言われ、騎士団に入団した。ちなみに第三子である兄は国境騎士団に所属し、第四子である姉は近衛騎士団で勤めている。

 そんなクロードではあるが、騎士団特に所属する部隊においてはいまだに新米扱いをされ続けていた。


(理由は知ってるけど、いい加減俺だって使えるようになったと思うんだけどな……)


 様々な装備品を馬車に詰め込みながら、クロードは溜め息をつく。

 確かにヴィルピニアは小さな国だが、それでも騎士団に所属するのは、そう簡単なことではない。

 クロードが騎士団の一員になれたのには、兄姉のコネと、何よりももう一つの理由が大きいと知っていた。


「ぼんやりしてんなよ。実戦で気を抜いて、その顔に傷でも作ったらどうすんだ。お姫さん」

「ぼんやりなんかしてねえし、誰が姫だよっ」


 背後から声をかけられ、クロードは眉を吊り上げて振り返る。

 そこには同期であり、早くも部隊長補佐という地位に就いているギュンター・シュッツがにやりと笑っていた。


「『麗しの守護騎士クロード様』の心配をしてやってんだろ?」

「大きなお世話だ、陰険眼鏡がっ」


 蜂蜜色の金髪に、爽やかな新緑色の瞳。形の良い目鼻は劇俳優のように整っている。

 クロード・フランシス・シュタインハウエル、その見目麗しい容貌によって「顔採用」された守護騎士であった。



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