落ちこぼれがAクラスを体験入学する件
マイとゴウが熱心に情報端末にアクセスしている所に、アオイがやって来た。
「あと一人をこの前の演習で見つけたよ」
「操縦技術も、戦術眼もバッチリの奴だ」
「2人の意見が一致する人なら問題ないね。Bクラスじゃ全く話にならないってずっと言ってたと思うけど……どんな人なの?」
尤もである。四天王の実力はその他を一切寄せ付けない程に高い。Bクラスはおろか、Aクラスでも肩を並べるメンバーを探す事は難しい。
「それがよ、そいつCクラスらしいんだよ」
「ホントなの?」
「Cクラスの天城ユーゴくん」
マイは俺のデータを広げてアオイに説明する
実はアオイとは同じ部隊であったが彼女には自己紹介をした訳でもなく、演習後のフィードバックも別室だった為、顔も合わせていない。
「前の合同演習で、Bチームの10番機。戦績は1機撃墜も未帰還」
「ちなみにこの撃墜が俺な」
「彼が村上くんを……天城ユーゴ……何処かで聞き覚えが……」
ざっとブロファイルにあるデータをまとめると
シュミレーター戦績40戦14勝26敗と負け越し。座学は上の下位だが戦術、工学など専門科目に優れる反面、基礎科目の歴史が壊滅的状況の為、赤点となり座学もCランクとなっていた。
元々この世界の事を知らない上に、過去の事に興味がない為、成績が一向に上がらずにいた。
彼らのやり取りから数時間後、俺は教官室に呼び出され学年主任の教官と話していた。
「特例ではあるが、来月のみAランクのカリキュラムに参加するように」
どうやらクラスアップ候補には入ったらしいのだが、俺の行動があまりに不自然であった為に審議となっているらしい。そこで演習に加わる名目で人数が足りていないAクラスに一時的に合流し、特別教官の監視のもとで精査する事となったのだ。
荷物をまとめ、Aクラスの宿舎に移動した。そこで荷物を一旦預けて、校舎まで歩く。
Aクラスの校舎はCクラスと違い設備も良い。同じ敷地内に居るにも関わらず俺は都会に初めてやって来た田舎者状態であった。
担当教官と合流すると簡単な説明を受けた後に、教室に入る。
1ヶ月限定とは言え、夢のAクラスの教室に足を踏み入れた。
「全員席に着いているな。本日はCクラスから1ヶ月の間、本クラスに合流する生徒を紹介する。自己紹介を」
「天城ユーゴです。皆さんに付いて行けるとは思っていませんが、貴重な機会を活かして行きたいと思います。よろしくお願いします」
俺は定番の挨拶を行い頭を下げ、再び頭を上げて周囲の様子を観察すると、やはり可哀想な落ちこぼれを憐れむ様な目で見られている。
【メンタル・トレース】を使えば直ぐ腹の裏は読めるのだが精神衛生上宜しくないと思われるのでやめておこう。
席を何処にするか迷っているとこっちに来いと手を振っいる元気そうな男子がいる。
誘われるままに席に着くとその隣には見覚えのある顔がいた。
「よう、ユーゴ。ようこそAクラスへ」
「その声は、村上ゴウ」
長髪を結んだ体育会系男子が村上ゴウだった。先日の演習において不意打ちで倒した事を根に持たれていないか心配したが、この様子なら恐らく大丈夫だろう。
ゴウの奥に座って手を振っているのが、先日演習で顔を合わせた如月マイである。
「そいつがゴウを倒したって奴か?」
後ろから声を掛けて来たのは短髪の男子だ。
「おぅ、正直マジでやったらアサヒもタダじゃ済まないかもな」
「それは興味深いな」
アサヒとは四天王の最後の1人、氷川アサヒ。如月マイにも劣らぬ反応速度の持ち主で、堕天使の如く切り裂く剣技から堕天騎士と称される……と言うか自分で名乗りだしたらしい。腕は確かなのだが少々痛い所のある近接戦闘のエキスパートである。
「氷川アサヒだ、アサヒでいい」
「天城ユーゴだ、俺の事もユーゴでいい。1ヶ月だが宜しく頼む」
思ったより紳士的だ。正直近寄り難いタイプかと思ったがそうでもないらしい。
「このクラスは、半端な順位の奴は周りを蹴落としてでもランクを維持したいと言う輩ばかりだ。気をつけろよ」
「了解した。AクラスにはAクラスの都合があると言う事だな忠告感謝する」
「まぁ分からねぇ事があったら俺達に聞けよ」
ゴウは親切に対応してくれた。早速親切に甘えて質問を投げかける。
「早速1つ教えてくれないか」
「おう、なんだ?」
「そのアサヒの足の事なんだが……」
クールだが決して近づきにくいと言う訳では無いアサヒ。実力もあり、隙のない男に見えるが、何故か右足にギプスを巻いていると言う、何とも台無しな状況であった。
それを笑顔になりながらマイが言葉を付け足す。
「これはね、演習でチームメイトを探すつもりだったんだけど、教官が、欠員がでたらCクラスから面白い生徒を加えてみようかと言われたの」
「それでアサヒは怪我人のふりを?」
「違いますよ、そんなのは直ぐにバレますのでマイちゃんが別の演習で爆発に巻き込んで氷川くんは本当に怪我をしています」
「えへへ」
「えへへじゃねぇよ。俺は本気で死ぬかと思ったぞ」
確かに笑い事ではない。噂に聞いたAクラスの爆発事故は人災だったと言うか。普通に聞いたらとんでもない事実だ。アサヒよ、幾らマイが可愛くても危うく命を取られかけたんだ、本気で怒ってもいいんだぞ
「天城ユーゴくんですね、その節はお世話になりました」
「その声は、前の演習の隊長機か…」
「はい。水無月アオイです」
俺の隣に座って居たのが、水無月アオイだった。金髪のロングの髪が似合う…いかん発想がオヤジ化している…それにパイロットがロングのヘアスタイルと言うのはヘルメットとか大変そうだが気にしたら負けだ。アイドルの噂に恥じない美少女がそこに座っているその事実だけを受け入れれば良いのだ。
「あれれ?何アオイをじーっと見ちゃてるのよユーゴくん」
「まさか学園四天王に早々に囲まれるとは思っても見なかったもので圧倒されている」
「誤魔化し方が上手ね、でもアオイは止めた方がいいよ」
「参考程度に理由を聞いてもいいか?」
「学園中のアオイ信者を敵に回しかねないし、何よりアオイは昔からの想い人がいるから届かぬ想いで終わるよ」
アオイ信者、彼女は親衛隊が出来るほどの人気者の様だ。よってその席の隣は永久欠番として空いているらしい。だが、今その席には俺が座っている。
はっ、そういう事か、今の夥しい量の殺気は今の水無月アオイの横に座った俺に対して向けられたモノなのか。
「やめてよマイちゃん、初対面のクラスメイトに誤解されちゃうよ」
「いいのいいの、その方がアオイのアイドル神話は固辞されるから」
「自己紹介は済んだか?そろそろ演習の説明に入るぞ」
授業中に雑談などどれくらいぶりだろうか。教官に指摘されるまで夢中になっていた。
さて演習の内容だが、5人チームで執り行われるチーム制の実践演習である。
今回の最大のポイントは新型機動兵器スレイブのテストを兼ねているのだ。
Aクラスの生徒は既にシュミレーションから実機でのテストには臨んでいるらしい。
スレイブは基本的にはアームズと変わらない機体だが、換装システムを搭載しており、近接特化のスラッシュスレイブ、機動力重視のアサルトスレイブ、実弾火力特化のバーストスレイブ、光学火力重視のスパークスレイブと換装して局面に対応が可能な換装型機動兵器である。
そして演習のチームの発表になった。
俺のチームメイトは
如月マイ、村上ゴウ、水無月アオイ、氷川アサヒ……多分だが現行最強メンバーである。あまりに疑問になり隣の席のアオイに尋ねる
「1つ聞いてもいいか?」
「教官に怒られない程度なら」
「メンバーの偏りが酷くないか?それとも俺が入って丁度バランスが取れるという事か?」
「私達は4人で組むことが初めから決められていたの。最後の1人を私達自身で選ぶ事を言われたのだけど、最終的に私達はユーゴくんを推薦したの」
「普通の演習なら四天王と呼ばれる君達を分散させる方が演習に価値があると思うのだが」
「そればっかりは教官に言われた通りにしているだけだから何とも言えないわ」
理由は分からない……全体のレベルアップの為だろうか。1人のスーパーエースが居ると団体はそれに依存してしまう。だが、このまま演習に望めばアオイを隊長とする我がチームが圧勝する事は目に見えている。なんなら俺は必要ないレベルだ。
疑問を抱えつつもスレイブの説明とデータを受け取り部屋に戻る事にした。
宿舎に戻り預けた荷物を部屋に運ぶ。
そう言えばAクラスになると宿舎は8人部屋から、2人部屋となる。まずは、ルームメイトに挨拶をしておくべきだ。
どうやら先に部屋に戻って俺を待っていてくれた様だ。
「天城ユーゴくんだね。僕は小川トーマ。トーマでいいよ」
「ありがとうトーマ、俺の事もユーゴでいい。宜しく頼む」
「いきなりノーマンズスポットに座るから心配したよ」
「ノーマンズスポット?」
「うん、水無月さんの隣の席はノーマンズスポットと言って熱狂的な水無月さんのファンから冷たい目で見られる席なんだ」
やはりそうか、クラスでの席がノーマンズスポットとやらに決まったのは非常によろしくないのかもしれないな。
だがそれよりも、彼からは先程のクラスで感じた悪意は感じない。寧ろ全てを包み込んでくれそうな暖かい心を感じる。Aクラスにも善良な生徒が居て、そこをルームメイトに宛がってくれるとは学園も粋な計らいをする。
「あはは、そんな僕を聖職者みたいな感じでみないでよ」
「なに、俺の心の中が読めるのか?」
「何となくだけど君の目がそう言ってる気がするよ」
まさか、魔法を使える者が俺以外にもいたのか?だが、【メンタル・トレース】が使われた魔法の流れは感じない。若しかすると俺よりも上位魔術師か?それとも俺とは違う力を持つ転移者か?
「警戒しなくても大丈夫。本当にたまたまだから」
「トーマは典型的な高い共感力の持ち主なのかもな」
「どうだろう?でも何となく人の心が読める時があるんだ」
「それは立派な才能だ、君は近い将来四天王を超える存在になるかも知れない」
そんなたわいも無い話をしていると部屋にノックがされた。
「Cクラスの天城くんだね」
「間違いないが」
「失礼だが、水無月さんとはどんな関係で?」
直感した、これが噂のアオイ信者であると。
そして、先程の愚行の報復が早速始まった様だ。
「関係も何も直接顔を合わせるのは初めてだ」
「ユーゴ、関わらない方がいい、今はCクラスの特待生ではなく、君も立派なAクラスの人間なのだから」
「そこについても問題ない、俺が現状Cクラスである事には変わりないのだから」
トーマの心配を他所に複数の生徒が詰め寄って来た。
信者……多いな。
「我らを差し置いて初日で水無月さんの隣に座るとは言語道断である。決闘だ。そして我らにひれ伏した時は水無月さんに近づくんじゃない」
「申し訳ないが、演習ではチームメイトだ。俺が作戦中に離れる事になればお前達の水無月さんが困る事になる。それはお前達も困る事ではないか?」
「ぬぐぐ……確かに」
「だが、決闘は興味深い。受けさせてもらう。そして約束はする。俺が負けた場合は彼女に対して私的な接近はしない。そうでなくとも1ヶ月も経てばに俺はCクラスに戻るのだがな」
「大した自信だな。我らが引導を渡してやる」
よく分からない喧嘩の振られ方だが演習前に周囲の実力を知れる貴重な機会だ。Aクラスの生徒がどの様な闘いぶりをするのかは関心がある。
「了解した。胸を借りさせてもらう」
「我ら水無月親衛隊とやり合うとはいい度胸だ演習室に来い」
そう言って信者達は部屋を後にした。
決闘は受けるがある程度荷物を片付けてから向かおうとするがAクラスの演習室を知らない事に気づいた。
「待ってユーゴ、乗せられ過ぎだよ」
「別にクラスメイトが指導してくれるのだから胸を借りさせて貰っても良いのではないか?それより演習室を教えてくれないか?」
演習室が分からない俺をトーマは親切に案内してくれた。止める様な口ぶりで丁寧な案内と人が良すぎてよく分からん事をしている。
「成程Aクラスでは演習と言ったら実機なんだな」
「負ければ記録に残るし、安易に受けると危険だよ」
「その時はその時だ、どちらにしても俺はシュミレーターの成績は本当に酷い。今更ドロが幾つか増えた所で問題にはならない」
機体のセッティングを終えると通信が入る
「形式はどうする?」
「そちらは5人か?丁度いい何戦もやりたく無いので5人一度にかかって来てくれないか?」
「Cクラスが調子に乗るなよ、5対1で勝てるわけがないだろ」
「やった事は無いから分からん。だが、やる前から諦めるのもあまり好まない」
「いくら何でも無茶だ、僕も加勢するよ」
「気持ちは有難いが、それではトーマの成績に傷が付いてしまう」
「ルームメイトが困っているのを見過ごす訳には行かないよ」
「良いだろう、Aクラスの落ちこぼれが増えた所で問題は無い。まとめて片付けてやる」
なんと言う慈愛の心を持った少年なのだ。まだ出会って20分程度だぞ。どうしてそこまで尽くす事が出来るのだ?後から膨大な用心棒料とか取られないか心配だ
「僕はそんな事しないよ」
「やっぱり心が読めるのでは」
「君は心が叫び過ぎで、本当に聞こえて来そうな位に顔に書いてあったよ」
割と無表情と言われる事が多いが彼には俺の心がわかるらしい。
色々と長引いたが親衛隊対俺とトーマのペアの訓練デュエルが始まった。
お互い狭いフィールドに射出される。
「そう言えば壊れたら修理とかはどうするんだ」
「Aクラスの演習用の機体は無償で修理して貰えるけど、その分成績が引かれるんだ、だから時間一杯逃げれたら逃げた方がいいよ」
「成程一撃も被弾せずに終了すれば問題無いと言うことか」
「その自信は本当に凄いね」
俺はうっかりアームズを選んだが周囲は新型のスレイブを用いている。
「なんでスレイブを使わないの?」
「アームズのトータルバランスを持ってすれば寧ろどんな局面でも切り抜けられる……と思った」
「正確には僕達はシュミレーターで散々こなしているけど君はスレイブには慣れていないよね」
「それもある」
「だったら僕が援護射撃をするから前に出られる?」
「Cクラスにフォワードを任せるとはどんな心境だ?」
「僕の感が正しければ君は前線に自信を持っている。だから僕は君を信じて得意な援護射撃で最大のバックアップをする、それ以上の戦略は無いと思うよ」
「信頼は嬉しいが、俺達初対面だよな?」
「始まっちゃったら信じるしかないさ。頑張ろう」
本当に彼は落ちこぼれなのだろうか?
何となくだが俺の力量を把握して発言しているようだ。俺の直感ではこれ迄の誰よりも頼りになる雰囲気だ。
トーマはスパークスレイブにロングライフルを装備させている。スナイパー仕様の様だ。
これだけ相手の心を読めるトーマなら援護は期待出来そうだ。
そんな期待を旨にAクラスのエリート達に挑んで行くのであった。